第50帖 東屋 / 第16場面
中の君との絵物語
あらすじ・人物・読み方
病む浮舟が中の君の前に引き出され、絵物語を見ながら語らう。中の君は浮舟の姿に亡き大君を思い、涙ぐむ。
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この君は、本当に心地も悪くなってしまったけれど、乳母が、「ひどく傍ら痛い。事もあり顔にお思いになるだろうのを。ただ穏やかにてお見え申し上げなさい。右近の君などには、ことの様子を、初めから語りましょう」と、強いてそそのかし立てて、こちらの障子のもとで、「右近の君に物申し上げさせよう」と言うと、立ちて出たので、
「ひどく不思議でしたことの名残に、身も熱くなりなさって、真面目に苦しげにお見えなさるのを、気の毒に見ます。御前にて慰め申し上げさせなさい、といって。過ちもおありでない身を、ひどく慎ましげにお思いわびなさるのも、少しでも世を知りなさった人のこそあれ、どうしてかはと、道理に、気の毒にお見申し上げる」といって、引き起こして、参らせ申し上げる。
我にもなく、人の思うだろうことも恥ずかしいけれど、ひどく柔らかに、穏やか過ぎなさる君で、押し出されておいでだった。額髪などの、ひどく濡れたのを、持て隠して、灯の方に背きなさる様子は、上を類なくお見申し上げるのに、毛劣るとも見えず、上品に風情がある。
「これにお思い付きになれば、目覚ましいことはありそうだ。ひどくこうでないのさえ、珍しい人、風情があってなさる御心を」と、二人ばかりぞ、御前にて、恥じなさらないので、見ていた。物語をひどく懐かしくなさって、「例でない、慎ましい所など、思いなしなさるな。故姫君がお亡くなりになってのち、忘れる世なく素晴らしく、身も恨めしく、類ない心地して過ごすのに、ひどくよく思い寄せられなさる御様子を見れば、慰む心地して、あはれに。思う人もない身に、昔の御心ざしのようにお思いになれば、ひどく嬉しく」など語らいなさるけれど、ひどく物慎ましくて、また田舎びた心に、応え申し上げることもなくて、
「年ごろ、ひどく、遥かにのみ思い申し上げさせたのに、こうお見申し上げますのは、何ごとも慰む心地がします」とばかり、ひどく若びた声で言う。
絵など取り出させて、右近に詞を読ませて御覧になるのに、向かって、物恥じもえしえなさらず、心に入れて御覧になる灯影は、さらに、こここと見える所なく、細かに風情がある。額つき、目の、薫りたる心地して、ひどく穏やかな上品さは、ただそれとのみ思い出されると、絵は、特に目も留めなさらないで、「ひどくあはれな人の容貌かな。どうして、このようにもあったのだろうか。故宮にひどくよく似申し上げたのらしいよ。故姫君は、宮の御方ざまに、私は母上に似申し上げたのとこそは、古人どもが言うのだった。実に、似た人は素晴らしいものだった」とお思い比べると、涙ぐんで御覧になる。
「あれは、限りなく、上品に気高いものから、懐かしく、なよやかに、片端になるまで、なよなよとたわんだ様子をなさっていたのにこそ。これは、また、持て成しのういういしげに、万事をつつましくのみ思った気配か、見所の多い艶やかさぞ劣った。由々しい気配だに持て付けたら、大将が御覧になるにも、さらに片端になるまい」など、この上が、心に思い扱われなさる。
物語などなさって、暁方になってぞ、お休みになる。傍らに臥しなさって、故宮の御ことども、年ごろいらっしゃった御様子など、真実ならないけれど語りなさる。ひどく見たく、お見申し上げずになったのを、「ひどく口惜しく、悲しい」と思った。昨夜の心知りの人々は、「どのようにつらかろうな。ひどく可愛らしい御様子を。素晴らしくお思いになっても、甲斐があるべきことかは。気の毒」と言えば、
右近ぞ、「そうも、あるまい。あの御乳母が、引き据えて、すずろに語り愁えた様子は、持て離れてぞ言った。宮も、逢っても逢わないような心ばえにこそ、うち嘯き、口ずさびなさったか」「いや。ことさらにもだろうか。それは、知らないよ」「昨夜の灯影の、ひどく穏やかだったのも、事あり顔にはお見えなさらなかったのを」など、うち囁いて、気の毒がる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。