ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第50帖 東屋 / 第17場面

三条の小家へ

あらすじ・人物・読み方

乳母の訴えを受けた母君は二条院を訪れ、中の君に浮舟を三条の小家へ移すことを相談する。母君は泣く泣く娘を残して帰る。

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乳母は、車を請けて、常陸殿へ行く。北の方に、こうこうと言うと、胸が潰れ騒いで、「人も怪しからぬ様子に、言い思うだろう。正身もどうお思いになるべきか。このような筋の物憎みは、貴人もないものだ」と、我が心の慣わしに、慌ただしく思いなって、夕方参った。

宮がいらっしゃらないので、心安くて、「不思議に、心幼げな人を参らせておいて、後安くは、頼み申し上げさせながら、鼬のいるような心地がしますので、よからぬ者どもに、憎み恨まれます」と申し上げる。

「ひどくそう言うほどの幼さには、いらっしゃらないらしいのを。後ろめたげに、様子ばんだ御面影こそ、煩わしい」といって、お笑いになるのが、心恥ずかしげな御目を見るのも、心の鬼に恥ずかしくぞ思われる。「どのようにお思いだろう」と思えば、えもうち出で、申し上げられない。

「このようにお仕えなされば、年ごろの願いの、満つ心地して、人の漏れ聞くでしょうも無難に、重んずべきことにとお思いなさるのを、さすがに慎ましいことにございました。深い山の本意は、尼にこそあるべきのを」といって、うち泣くも、ひどく気の毒で、「ここには、何ごとが、後ろめたくお思いになるべき。とてもかくても、疎々しく思い放ち申し上げこそあろう、怪しからず立ちて、よからぬ人が、時々いらっしゃるらしいけれど、その心を、皆人が見知っているので、心遣いして、便なくは持て成し申し上げまいと思うのを、どのように、推し量りなさるのか」と仰る。

「さらに、御心をば、隔てありても、思い申し上げさせません。傍ら痛く、許しなかった筋は、何にかけても、申し上げさせましょう。その方でなく、お思い放つまい綱もございますのを、捕らえ所に頼み申し上げさせる」など、おろかでなく申し上げて、「明日明後日、堅い物忌にございますのを、大雑把でない所にて過ごして、またも参らせましょう」と、申し上げて、誘う。「気の毒に、本意ない行いかな」とお思いになるけれど、止めなさらない。情けなく、片端なことに驚き騒いだので、滅多に物も申し上げないで、出た。

このような方違え所と思って、小さい家を設けていた。三条あたりに、さればんだのが、まだ造りかけた所なので、はかばかしいしつらえもしないでいた。「ああ、この御身一つを、万事に持て悩み申し上げるかな。心に適わぬ世には、あり得まいものにこそあった。自分ばかりは、ただひたぶるに、品々しからず人らしくなく、ただその方に這い籠って、過ごしそうだ。このゆかりは、心憂いと思い申し上げたあたりを、睦び申し上げるのに、便ないことも出て来たら、ひどく人笑いになるだろう。味気ない。ことようでも、ここを人にも知らせず、忍んでいらっしゃい。おのずから、ともかくもお仕えしよう」と言い置いて、自分は帰ろうとする。君は、うち泣いて、「世にあろうこと、所狭げな身」と、思い屈していらっしゃる様子は、ひどくあはれだ。親はまた、まして惜しくもったいないので、恙なくて、思うように見なそうと思い、そのような傍ら痛いことにつけて、人にもあわあわしく思われるだろうのが、安くないのだった。

心地なくなどはない人の、生に、腹立ちやすく、思いのままにぞ、少しあった。あの家にも、隠れては据えたはずだけれど、そのように隠れたのを、気の毒と思って、こう扱うのに、年ごろ傍らを離れず、明け暮れ見慣れて、お互いに、心細くわりなしと思っていた。「ここは、また、こう荒れて、危なげな所らしい。その心をなさい。曹司曹司にある物どもを、召し出して、お使いなさい。宿直人のことなど言い置いてございますも、ひどく後ろめたいけれど、あちらに腹立ち恨まれるのが、ひどく苦しいので」と、うち泣いて帰る。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。