第50帖 東屋 / 第19場面
母子の文通
あらすじ・人物・読み方
三条の小家に移った浮舟に、母君から文が届く。浮舟は歌を添えて返し、母君も歌で返す。
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旅の宿りは、つれづれで、庭の草もいぶせい心地するのに、卑しい、東声した者どもばかりのみ出入りし、慰めに見るべき、前栽の花もない。うち荒れて、晴れ晴れしないで明かし暮らすのに、宮の上の御様子を、思い出るのに、若い心地に恋しかった。不思議に、くだちていらっしゃった人の、御気配も、さすがに思い出られて、「何ごとにあったのだろう。ひどく多く、あはれげに仰ったかな」名残を貸した、御移り香も、まだ、残っている心地して、恐ろしかったのも、思い出される。
「母君が、辰やと、ひどくあはれな文を書いて、お送りなさる。おろかでなく、心苦しく思い扱いなさるらしいのに、甲斐なく、持て扱われ申し上げること」と、うち泣かれて、「どのようにつれづれに、見慣れない心地しなさるだろう。しばし、忍び過ごしなさい」とある返事に、
「つれづれは何か。心安くて。
ひたすらに嬉しいことだろうに、世の中にない所と思っていたならば。
と、幼げに言ったのを見るままに、ほろほろとうち泣いて、「こう惑わし、這うように持て成すこと」と、素晴らしいので、
憂き世にはない所を求めても、君の盛りを見るすべがあればいいのに。
と、素朴なことどもを言い交わして、心を延べた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。