第50帖 東屋 / 第22場面
宇治の一日
あらすじ・人物・読み方
明け方、薫は浮舟を車に乗せて宇治へ連れてゆく。亡き大君を偲んで独詠し、琴を爪弾き、弁の尼君の歌に返歌する。
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ほどもなく明けた心地するのに、鶏などは鳴かないで、大路に近い所に、おぼとれた声して、どのようにか聞きも知らぬ名乗りをして、うち群れて行くなどぞ聞こえる。このような朝ぼらけに見ると、物を戴いた者の、「鬼のようなのだよ」とお聞きになるのも、このような蓬の丸寝に、慣れなさらない心地も、風情もあった。宿直人も門を開けて、出る音がする。めいめい入って、臥しなどするのをお聞きになって、人を召して、車を妻戸に寄せさせなさる。掻き抱いてお乗せになった。誰も誰も、不思議に、あえなきことを思い騒いで、
「九月にもあったのを。心憂い行いや。どのようにしたことか」と嘆くと、尼君も、ひどく気の毒に、思いの外なことどもだけれど、「おのずから、お思いになる様子があろう。後ろめたくお思いになるな。長月は、明日こそ節分と聞いたか」と、言い慰める。今日は、十三日だった。尼君は、
「今回は、参れません。宮の上が、お聞きになることもあるのに、忍んで行き帰りしますも、ひどく情けなく」と申し上げるけれど、まだ、このことをお聞かせ申し上げようも、心恥ずかしくお思いなさって、「それは、後にも、罪を去り申させなさってしまう。あちらも知る辺なくては、手づきない所を」と、強いて仰る。
「人一人か、いるべきか」と仰ると、この君に添った侍従と、乗った。乳母、尼君の供だった、童なども遅れて、ひどく不思議な心地して座っていた。「近いほどか」と思えば、宇治へおいでになるのだった。牛など、引き換えるべき、心設けしなさっていた。河原を過ぎ、法性寺のあたりをおいでになるのに、夜は明け果てない。
若い人は、ひどくほのかに、お見申し上げて、素晴らしいと申し上げて、すずろに恋い申し上げるのに、世の中の慎ましさも思えない。君ぞ、ひどく情けないのに、物も思えないでうつ伏し臥しているのを、「石の高いあたりは、苦しいものを」と言って、抱きなさった。
羅の細長を、車の中に引き隔てたので、華やかに差し出た朝日影に、尼君は、ひどくはしたなく思われるにつけて、「故姫君の御供にこそ、このようにでもお見申し上げそうだった。生き長らえれば、思いかけないことをも見るかな」と、悲しく思われて、包もうとするけれど、うち密みつつ泣くのを、侍従はひどく憎く、「物の、初めに形異にて、乗り添ったのをだに思うのに、どうして、このように嫌めな」と、憎く滑稽にも思う。老いた者は、すずろに涙もろにあるものぞと、おろそかにうち思うのだった。君も、見る人は憎くないけれど、空の様子につけても、来し方の恋しさが増して、山深く入るままにも、霧が立ち渡る、心地しなさる。うち眺めて、寄っていらっしゃる袖の、重なりながら、長やかに出ていたのが、川霧に濡れて、御衣の紅なのに、御直衣の花が、仰々しく、移ったのを、落としがけの、高い所に見つけて、引き入れなさる。
形見かと見るにつけても、朝露に所狭いまで濡れる袖であることよ。
と、心にもなく、独りごちたまうのをお聞きして、ますます、絞るほど、尼君の袖も泣き濡らすのを、若い人は、「不思議に、見苦しい世かな」。心行く道に、ひどくむつかしいことが、添えた心地がする。忍び難げな、鼻すすりをお聞きになって、我も忍びやかにうち噛んで、「どのように思うだろう」と気の毒なので、「数多い年ごろ、この道を行き交う、度重なるのを思うのに、そこはかとなく、物あはれであるかな。少し起き上がって、この山の色も御覧なさい。ひどく埋もれているか」と、強いて掻き起こしなさると、風情があるほどに、差し隠して、慎ましげに、見出した目などは、ひどくよく思い出されるけれど、おいらかに、あまり穏やか過ぎたのが、心もとなくある。「ひどく甚く、児めいたものから、用意の浅からず、物しなさったはや」と、やはり行く方ない悲しさは、虚しい空にも、満ちそうであるらしい。
お着きになって、「ああ、亡き、魂や宿って、御覧になるだろう。誰によりて、こうすずろに、惑い歩くものでもないのに」と思い続けなさって、降りては、少し心知らいで、立ち去りなさった。女は、母君のお思いになることなど、ひどく嘆かしいけれど、艶な様子に、心深く、あはれに語らいなさるのに、思い慰めて、降りた。
尼君は、特に、降りで、廊にぞ寄せるのを、「わざとと思うべき住まいでもないのを、用意こそ余りである」と御覧になる。御荘から、例の、人々、騒がしいまで、参り集まる。女の御台は、尼君の方から参る。道は、茂かったけれど、この様子は、ひどく晴れ晴れしい。川の様子も、山の色も、持て囃した造り様を見出して、日ごろのいぶせさが、慰んだ、心地するけれど、「どのように持て成しなさろうとするのか」と、浮いて、不思議に思われる。
殿は、京に御文を書きなさる。「成り合わない、仏の御飾りなど、御覧置いて、今日、よろしい日なので、急ぎ物していまして、乱り心地の、悩ましいのに、物忌だったのを、思いなさり出て、今日明日、ここにて慎みましょうべき」など、母宮にも、姫宮にも申し上げなさる。
うち解けた御様子が、今、少し風情があって、入りていらっしゃったのも、恥ずかしいけれど、持て隠すべくもなくて、いらっしゃった。女の装束など、色々に清くと、思ってし重ねたけれど、少し、田舎びたことも、うち混じってぞ、昔の、ひどく萎え黄ばんでいた、御姿の、上品に、艶やかだったのみ、思い出されて、「髪の裾の、風情げさなどは、細々と上品だ。宮の御髪の、素晴らしく素晴らしいのにも劣るまいことだった」と御覧になる。
かつは、「この人を、どのように持て成して、いさせようとするのだろう。ただ今、物々しい様子で、あの宮に迎え据えようも、音聞き、便がないだろう。そうとて、あれこれある、列にて、大雑把に交じらせようは、本意がないだろう。しばし、ここに隠していよう」と思うのも、見ないでは、寂しかるべく、あはれにお思いになると、おろかでなく、語らい暮らしなさる。故宮の御ことも仰せ出して、昔物語を風情があって、細やかに言い戯れなさるけれど、ただひどく慎ましげで、一途に恥じているのを、寂しくお思いになる。「誤っても、こう心もとないのは、ひどく良い。教えつつも見よう。田舎びた、戯れ心を持て付けて、品々しからず、はやりかだったら、形代は不用だったろう」と思い直しなさる。
ここにあった、琴、箏の琴を、召し出して、「このようなことはまた、ましてできまいよ」と、口惜しいので、一人調べて、「宮がお亡くなりになってのち、ここで、このような物に、ひどく久しく、手触れなかったよ」と、珍しく、我ながら思われて、ひどくなつかしく、まさぐりつつ、眺めなさるのに、月が差し出た。
「宮の御琴の音の、仰々しくではなく、ひどく風情があって、あはれに弾きなさったはや」とお思い出して、「昔、誰も誰もいらっしゃった世に、ここにお育てなさったら、今、少しあはれは増したろう。親王の御様子は、よその人でさえ、あはれに恋しくこそ、思い出されなさる。どうして、そのような所には、年ごろ経なさったのか」と仰ると、ひどく恥ずかしくて、白い扇をまさぐりつつ、添い臥した傍ら目が、ひどく、隈なく白くて、艶やかな、額髪の隙など、ひどくよく思い出されて、あはれだ。まして、「このようなことも、似つかわしくなく、教えたいものだ」とお思いになって、
「これは、少しほのめかしなさったか。ああ、吾が妻という琴は、それでも、手慣らしなさったろう」など、お問いになる。「その大和言葉さえ、似つかわしくなく、慣れてしまったので、まして、これは」と言う。ひどく片端に、心後れたりとは見えない。ここに置いて、思い通りにも、来ないことをお思いになるのが、今より苦しいのは、並にはお思いにならないのだろう。琴は押しやって、
「楚王の台の上の夜の琴の声」と、誦じなさるのも、あの弓をのみ引くあたりに、慣れて、「ひどく素晴らしく、思うようだ」と、侍従も聞き座っていた。そういえば、扇の色も、心置くべき、閨の古をば知らないので、一重に素晴らしいと申し上げるぞ、遅れたのであるらしい。「ことこそあれ、不思議にも、言ったかな」とお思いになる。
尼君の方から、果物が参った。箱の蓋に、紅葉や蔦など折り敷いて、由々しくなく、取り混ぜて、敷いた紙に、不束に書いた物が、隈ない月に、ふと見えると、目を留めなさるほどに、果物の急ぎにぞ見えた。
宿り木は色が変わってしまった秋だけれど、昔を覚えて澄んでいる月であることよ。
と、古めかしく書いたのを、恥ずかしくも、あはれにもお思いなさって、
里の名も昔のままに、見た人の面変わりした閨の月影よ。
わざと、返事とはなくて、仰るのを、侍従が、伝えたとぞ。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。