ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第50帖 東屋 / 第4場面

仲人、守を説く

あらすじ・人物・読み方

仲人は守のもとへ行き、少将の真意をほのめかす噂を伝えて説得する。守は実の娘への縁談と受け取り、少将の家柄と帝の寵を並べ立てる仲人の言葉に喜び、財産の限りをもって仕えると請け合って承諾した。

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この人は、妹がこの西のお方に仕えている縁で、このような御文なども取り伝え始めたけれど、守には詳しくも知られていない者だった。ただ行きがけに、守のいた前に行って、「取り次ぎ申すべきことがあって」

などと言わせる。守は、「この辺りに時々出入りしていると聞くが、前に呼び出したことのない人が、何の用だろう」と、生返事に荒々しい様子だけれど、「左近少将殿の御消息でございます」と言わせたので、会った。語らい難そうな顔をして、近くに座り寄って、

「月頃、内の御方に消息を聞こえさせなさるのを、お許しがあって、この月ごろにと約束聞こえさせなさることがございますのを、日を計らって、いつかとお思いになるほどに、ある人の申したよう、『本当に北の方のお計らいでいらっしゃいますが、守の殿の御娘ではいらっしゃいません。君達がお通いになるのに、世間の聞こえがへつらったようでしょう。受領の御婿におなりになるこのような君達は、ただ私の君のように思い大事にし申し上げ、手に捧げたように、思い扱い後見し申し上げるのにかかって、そのような振る舞いをなさる人々がいらっしゃるようですが、さすがにその御願いは強引なようで、滅多にお受けにならず、劣ってお通いになることは、都合が悪いはずだという趣旨』を、切に謗り申す人々が大勢おりますので、ただ今思い煩っておられます。『初めからただ煌びやかに、人の後見と頼み聞こえようと、堪えなさる御覚えを選んで申し上げ、聞こえ始め申したのです。まったく、他人がいらっしゃるだろうということを知らなかったので、元の志のままに、まだ幼い者が大勢いらっしゃるそうなのを、お許しになれば、とても嬉しいでしょう。御様子を見て参れ』と仰せられたので」

と言うと、守は、

「まったく、そのような御消息があるという趣旨は、詳しく承っておりません。本当に同じことに思いなさるべき人ですが、よくない子どもたちが大勢おりまして、はかばかしくない身に、さまざま思い扱ううちに、母である者も、これを他人と思い分けたことだと、くねり言うことがありまして、どうにも口入れさせない人のことですので、ほのかに、そのように仰せられることがあるとは聞いておりましたが、私を取り所と思し召した御心は、存じ上げませんでした。それは、とても嬉しく思いなされうる御ことです。大切に思う女の子は、大勢の中に、これを命にも代えようと思っております。仰る人々はありますが、今の世の人の御心は、定めなく聞こえますので、かえって胸の痛い目を見るかとの憚りに、思い定めることもなくて。

どうにか後ろ安くも見ておきたいと、明け暮れ悲しく思いなさるのを、少将殿にお置き申し上げては、故大将殿にも、若くから参り仕え申しました。家の子として見申し上げたのに、とてもしっかりしていて、仕え申し上げたいと、心づいて思い聞こえましたが、遠い所に、続けて過ごしております年頃のうちに、生まれて初めてのように覚えておりまして、参りも仕え申さないのを、このような御志がありましたのを。返す返す、仰せの事を立て申すのは易いことですが、月頃の御心と違ったように、この人が、思いなさることを、思い憚っております」

と、とても細やかに言う。よさそうだと、嬉しく思う。

「何を思い憚るべきことでもございません。あの御志は、ただ一つのお許しがあるのを願い思いなさって、『幼く年足りないほどでいらっしゃっても、真実にやむごとなく思い置いてくださるのをこそ、本意が叶うことにしよう。もっぱらそのような辺りに染まった振る舞いをするはずもない』と、仰ったのです。

人柄はとてもやむごとなく、評判も憎らしくいらっしゃる君でした。若い君達といっても、好き好きしく上品ぶってもいらっしゃらず、世の様子もとてもよくご存じです。領知なさる所々もとても多くございます。まだこれほどの御徳がないようですが、自然とやむごとなき人の御気配があるような様子は、直人の限りない富というような勢いには、勝っておられます。来年、四位におなりになるでしょう。この度の頭は疑いなく、帝の御口づから仰せられたのです。『万事が足りて無難な朝臣が、妻を定めないでいる。早く然るべき人を選んで、後見を設けよ。上達部には、私がいるから、今日明日というほどに引き上げてやろう』と仰せられたそうです。何事も、ただこの君が、帝にも親しく仕え申し上げなさるそうです。

御心はまた、ひどくしっかりしていて、重々しくいらっしゃるようです。惜しい人の御婿を。こう聞きなさるうちに、思い立ちなさるのがよいでしょう。あの殿には、我も我も婿に取り立て申そうと、所々にございますので、ここに渋々した御様子があれば、他ざまにもお思いになるでしょう。これは、ただ後ろ安いことを取り次ぎ申すのです」

と、とても多く、よさそうに言い続けるのに、ひどくあきれるほど田舎びた守で、微笑みながら聞いていた。

「この頃の御徳などが頼りないようなことは、仰らないでください。私の命があるうちは、頭に捧げ申し上げましょう。頼りなく、何が足りないなどと思うはずがありません。たとえ果たせずして仕え申し上げかねても、残りの宝物や、領知しております所々は、一つにしてもまた取り争うはずの人はいません。子どもは多くおりますが、これは様子格別に思い初めた者でございます。ただ真心に思い顧みさせなさるなら、大臣の位を求めようと思い願いなさって、世にない宝物をも尽くそうとしなさるのに、ない物はございません。

当時の帝が、そのように恵み申し上げなさるので、御後見は頼りないはずがありません。これが、あの御ためにも、私の女の子のためにも、幸いであるべきことかどうかも分かりません」と、よさそうに言う時に、とても嬉しくなって、妹にもこのようなことがあるとも語らず、あちらにも寄りつかず、守の言ったことを、「とてもとてもよさそうでめでたい」と思って聞こえ上げると、君は、「少し田舎びてはいる」とは聞きなさるけれど、憎からず、微笑んで聞いておられた。大臣になる贖労を取ろうなどと、あまり仰々しいことと、耳に留まった。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。