第50帖 東屋 / 第3場面
少将の翻意
あらすじ・人物・読み方
婚儀を急く少将に、母君は仲人を呼んで遠慮の心を語る。ところが仲人の報告で、少将は姫君が守の実子でないと知って心変わりしていた。少将は世間体を理由に言い訳し、仲人は言葉多く弁明するが、少将の本意は守の実の娘にあることがほの見えてくる。
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こうして、この少将が、約束した時期を待ちかねて、「どうせなら早く」と急かすので、自分の心一つに、こう思い急ぐのも、ひどく気が引けて、人の心の知り難さを思って、初めから伝えてきた人が来たので、近くに呼び寄せて語らう。
「万事多く思い憚ることが多いのを、月頃こう仰って時が経つのを、並々の人にもいらっしゃらないので、もったいなく心苦しくて。こう思い立ってしまったのを、親などもいらっしゃらない人なので、心一つのようで、傍ら痛く、打ち解けない様子に見え申し上げることもあるかと、前々から思っています。若い人々は大勢おりますが、思う人を連れた者は、自然とと思い譲られて、この君の御ことだけを、はかない世の中を見るにも、気がかりでひどいのを、物思いを知るはずの御心様と聞いて、こう万事の遠慮を忘れてしまうはずなのに、もし思わしくない御心ばえも見えたら、人笑いになって悲しいでしょう」と言ったのを、少将の君のもとに参上して、
「しかじかです」と申し上げたところ、様子が悪くなった。
「初めから、まったく、守の御娘ではないということを聞かなかった。同じこととはいえ、世間の聞こえも劣った心地がして、出入りするにもよくないはずだ。よくも案内もしないで、浮いたことを伝えたものだ」と仰るので、気の毒になって、
「詳しくもご存じでなく。女どもの知る縁で、仰せ言を伝え始めましたところ、大事に育てる娘とだけ聞いておりましたので、守の娘こそは、と思っておりました。他人の子をお持ちだろうとも、問い聞きませんでした。容貌も、心も優れていらっしゃること、母上が可愛がりなさって、重んじて気高いことをしようと、大事に育てていると聞いておりましたので、どうにかあの辺りのことを伝えられそうな人がいればと、仰せでしたので、そのような縁を知っていると、取り次ぎ申し上げたのです。と、腹の悪い言葉の多い者なので、申すと、君は、ひどく上品でない様子で、
「このような辺りに行き通うのは、人が滅多に許さないことだけれど、今風のことで、咎があるはずもなく、もてはやして後見らしく、罪を隠してある類もあるようだが、同じことと内々では思っても、よその評判が、へつらって人が言うはずだ。源少納言や讃岐守などが、請け合った様子で出入りするのに、守にも滅多に受け入れられない様子で交わるのは、ひどく人らしくないはずだ」と仰る。
この人は、追従のある嫌な人の心で、これをひどく口惜しく、あちらこちらに思ったので、
「本当に守の娘と思し召すなら、まだ若くいらっしゃっても、そう伝えましょう。真ん中に当たる娘を、姫君といって、守が、ひどく可愛がりなさるそうです」と申し上げる。
「いや。初めからそう言い寄ってきたことを置いて、また言おうとは嫌なことだ。しかし、私の本意は、あの守の主が、人柄も重々しく、大人しい人なので、後見にもしたいほど、見どころがあって思い始めたことだ。もっぱら顔や容貌の優れた女を願うこともない。品が上品で艶な女を願えば、易く得られるはずだ。
しかし、寂しく事が噛み合わない、風流を好む人の末路は、物清くもなく、人にも人として思われないのを見ると、少し人に謗られても、穏やかに世の中を過ごそうとすることを願うのだ。守に、このようにと語らって、そのようにと許す様子があれば、何が、そうしよう」と仰る。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。