第50帖 東屋 / 第6場面
慰めと西の対の仕度
あらすじ・人物・読み方
母君は乳母と二人、浮舟の身の上を嘆き慰める。守は少将を婿と喜び、西の対を大げさに飾り立てて婚儀に備える。
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こちらに渡って見ると、ひどく可愛らしく風情があっておいでになるのに、「それでも、人には劣りなさるまい」とは思い慰める。乳母と二人、「心憂いものは人の心だった。自分は、同じように思い扱っても、この君のゆかりと思う人のためには、命をも譲るほどに思うのに、親なしと聞き侮って、まだ幼く成長しきっていない人を、差し越えて、このように言うのだろうか。こんなに心憂く、近いあたりに見まい聞くまいと思ったけれど、守がこのように重んずべきことに思って、受け取り騒ぐらしいので、相合いにたる世の人の様子を、すべてこのようなことに口入れまいと思う。どうにかここでない所に、しばしありたいものだ」とうち嘆きつつ言う。乳母もひどく腹立たしく、「わが君をこのように貶めること」と思うのに、
「何か。これも御幸いにて違うこととも知れない。このように心口惜しくいらっしゃる君なので、もったいない御様子をも見知らなかっただろう。わが君をば、心ばせがあり、物思い知った人にこそ、お見せ申し上げたい。大将殿の御様子や容貌を、ほのかにお見申し上げた時に、実に命が延びる心地がしたことよ。あはれにもまたお聞こえになる。御宿世に任せて、お思い寄りなさい」と言うと、
「ああ、恐ろしい。人の言うのを聞けば、年ごろ、並々の人をば見ないと仰って、右の大殿、按察使大納言、式部卿宮などが、ひどく熱心にほのめかしなさったけれど、聞き過ごして、帝の寵愛の女を得なさった君は、どれほどの人か、真面目にはお思いになるだろうか。あの母宮などの御方にいらっしゃって、時々も見ようとはお思いもしないだろう、それはまた、実に立派な御あたりだけれども、ひどく胸の痛むべきことだ。宮の上が、このように幸い人と申すけれど、物思いしげにお思いなのを見れば、どうしても、二心のない人のみが、無難で頼もしいことだろう。わが身でも知った。故宮の御様子は、ひどく情け深く、立派で風情があっておいでだったけれど、人数にもお思いなさらなかったので、どれほどか心憂く辛かった。この言う甲斐なく、情けなく、様子の悪い人だけれど、一途に二心ないのを見れば、心安くて年ごろを過ごしたのだ。
折節の心ばえが、このように愛敬なく用意ないことこそ憎いけれど、嘆かしく恨めしいこともなく、お互いに言い争っても、心に合わないことをば諦めた。上達部や親王たちで、風流で心恥ずかしい人の御あたりといっても、わが人数でなければ甲斐がないだろう。万事、わが身からなったと思えば、万事に悲しくお見申し上げる。どうにかして、人笑いにならず仕立て申し上げたい」と語らう。
守は、急ぎ立って、「女房など、こちらに無難な者が大勢いるのを、このほどは、いさせなさい。やがて、帳なども新しく仕立てられるという方を、ことにはかになっているので、取り渡し、とかく改めまい」といって、西の方に来て、立ち居、とかく調度を整え騒ぐ。無難な様子に清らかに、あたりあたりあるべき限りした所を、差し出がましく屏風など持って来て、息苦しいほど立て集めて、厨子や二階など、不思議なほど加えて、心をやって急ぐので、北の方は見苦しく見るけれど、口入れまいと言っていたので、ただ見聞きする。御方は、北面にいらっしゃった。
「人の御心は、見知り果てない。ただ同じ子なので、それでも、ひどくこのようには思い放ちはなさるまいと思っていた。それでも、世に母のない子は、ないだろうか」といって、娘を、昼から乳母と二人、撫で繕い立てたので、憎らしくもなく、十五、六のほどで、ひどく小さくふっくらした人の、髪が美しげで小袿のほどで、裾がひどくふさやかだ。これをひどく立派だと思って、撫で繕う。
「何か。人の異様に思い構えられた人をしも、と思うけれど、人柄のもったいなく、賢明でいらっしゃる君なので、我も我もと、婿に取りたいとする人が多いのに、取られるのも口惜しくて」と、あの仲人に謀られて言うのも、ひどく滑稽だ。男君も、「このほどの厳めしく思うようなこと」と、万事の罪があるまいと思って、その夜も替えず、来始めた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。