ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第50帖 東屋 / 第7場面

二条院への移転

あらすじ・人物・読み方

母君は宮の北の方と大輔に文を送り、浮舟の隠れ住まいの場所を求めて二条院の西の方へ移る。守は少将の接待に張り切る。

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東屋・第7場面0 / 14
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母君は、御方の乳母と、ひどく情けなく思う。ひがひがしい様子なので、とかく見扱うのも心に添わないので、宮の北の方のもとに、御文を差し上げる。

「そのことではございませんで、馴れ馴れしいかと畏まって、思いなさるままにも申し上げられないのを、慎むべきことがございて、しばし所を変えさせようと思いなさるのに、ひどく忍んでお仕えできそうな隠れの方がいらっしゃれば、とてもとても嬉しく。数ならぬ身一つの蔭に隠れきれず、あはれなことのみ多くある世なので、頼もしい方にはまず」と、うち泣きつつ書いた文を、あはれとは御覧になったけれど、「故宮が、それほど許しなさらずに終わった人を、私一人残って、知り語らうのもひどく慎ましく、また見苦しい様子で世にあぶれるのも、知らぬ顔で聞くのが心苦しいだろう。格別なこともなくお互いに散りぼうのも、亡き人の御ためには見苦しいだろう行い」とお思い悩む。

大輔のもとにも、ひどく心苦しげに言いやっていたので、「そのようなことはございましょう。人憎くはしたなくも、仰るな。このような劣りの者が、人の御中に交わりなさるのも、世の常のことだ」など申し上げて、「それでは、あの西の方に、隠れた所を仕出して、ひどくむつかしそうだけれど、それでもお過ごしになれるなら、しばしのほど」と言い遣わした。ひどく嬉しいと思って、人知れず出で立つ。御方も、あの御あたりをば、睦び申し上げたいと思う心なので、かえって、このようなことどもが出で来たのを、嬉しいと思う。

守は、少将の扱いを、どれほど立派なことをしようと思うのに、その華やかであるべきことも知らない心には、ただ、荒い東絹どもを、押し転がして投げ出した。食べ物も、所狭いほど運び出して騒ぎ立てた。下衆などは、それをひどく賢い情けに思ったので、君も、「ひどく望ましく、心賢く取り寄せた」と思った。北の方は、「このほどを見捨てて知らないのも、ひがんでいるのだろう」と思い堪えて、ただするままに任せて見ていた。

客人の御出居、侍が人を調え騒ぐので、家は広いけれど、源少納言は東の対に住み、男子などの多いのに、所もない。この御方に客人住み着いたので、廊などほとりばんでいる所にお住ませ申し上げるのも、足りず気の毒に思えて、とかく思い巡らすほど、宮にととは思うのだった。「この御方ざまに、数へなさる人のないのを、侮るらしい」と思えば、特に許しなさらなかったあたりを、無理にも参らない。乳母、若い人々、二、三人ほどして、西の廂の北に寄って、人家の遠い方に、局した。

年ごろ、このようにはかなかったけれど、疎くお思いになるはずのない人なので、参る時は恥じなさらず、ひどく望ましく、気配が格別で、若君の御扱いをしておいでの御様子、羨ましく思われるのもあはれだ。「私も、故北の方には、離れ申し上げるべき人だろうか。お仕えすると言ったばかりに、数へられ申し上げられず、口惜しくて、このように人には侮られる」と思うのに、このように強いて睦び申し上げるのも味気ない。ここには、御物忌と言っていたので、人も通わない。二、三日ほど母君もいた。この度は、心のどかにこの御様子を見る。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。