ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第50帖 東屋 / 第8場面

匂宮の来訪

あらすじ・人物・読み方

匂宮が二条院を訪れ、中の君や若君と睦ましく過ごす。物陰から様子を見ていた浮舟の母君は、少将の噂話を聞いて深く失望する。

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東屋・第8場面0 / 17
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宮がお渡りになる。見たくて、物の間から見ると、ひどく清らかに、桜を折った様子でいらっしゃって、我が頼もしい人と思って、恨めしいけれど、心には違うまいと思う常陸守より、様子や容貌も人のほども、格別に見える五位や四位どもが、相ひざまづきお仕えして、このことあのことと、あたりあたりのことどもを、家司どもなど申す。また若やかな五位ども、顔も知らない者も多かった。我が継子の式部丞で蔵人である者が、内裏の御使で参った。御あたりにも近づき参らない。格別のない人の御気配を、

「ああ、これは何人か。このような御あたりにいらっしゃるめでたさよ。よそに思う時は、立派な人々と聞こえても、辛い目をお見せになるだろうかと、物憂く推し量り申し上げた情けなさよ。この御様子や容貌を見れば、七夕ばかりでも、このようにお見申し上げ通うのは、ひどく素晴らしいだろう行いかな」と思うのに、若君を抱いて可愛がっていらっしゃる。女君が、短い几帳を隔てていらっしゃるのを、押しやって、物など申し上げなさる御容貌どもが、ひどく清らかに似合っていた。故宮の寂しくていらっしゃった御様子を思い比べると、「宮たちと聞こえるけれど、ひどく格別な行いであることよ」と思われる。

几帳の内にお入りになったので、若君は、若い人や乳母などに持て遊ばれ申し上げる。人々参り集まるけれど、悩ましいといって、大殿は籠もり暮らした。御台がこちらに参る。万事気高く、心格別に見えるので、我が素晴らしいことを尽くすと見思うけれど、「素朴な人のあたりは、口惜しかった」と思いなったので、「わが娘も、このようにして差し並べたなら、片端にはならないだろう。勢いを頼んで、父主が、后にもしようと思った人々、同じわが子ながら、気配が格別なのを思うのも、やはり今より後も、心は高く使うべきだった」と、夜一夜、あらまし語り思い続けられる。

宮は、日が高くなってお起きになって、「后の宮が、例の、悩ましくしていらっしゃるので、参るべきだ」といって、御装束などなさっていらっしゃる。見たく思えて覗けば、麗しく引き繕っていらっしゃる様子は、また、似るものなく気高く、愛敬づき清らかで、若君を見捨てなさらず遊んでいらっしゃる。御粥や強飯など参って、こちらよりお出になる。

今朝から参って、侍の方に休んでいた人々が、今ぞ参って、物など申し上げる中に、清げ立ちて、言うことのない人のすさまじい顔した、直衣を着て太刀を佩いた者がいる。御前にて何とも見えないのを、「あれぞ、この常陸守の婿の少将だ。初めは御方にと定めたのを、守の娘を得てこそ労られよう、など言って、賢い女の童を持っているのだそうだ」「いや。この御あたりの人は、かけても言わない。あの君の方より、よく聞く便りのあるぞ」など、めいめい言う。聞くとも知らないで、人がこう言うにつけても、胸が潰れて、少将を無難なほどと思った心も口惜しく、「実に、格別なことはないはずだった」と思って、ますます侮らわしく思いなった。

若君が這い出て、御簾の端から覗いていらっしゃるのを、うち御覧になって、立ち返り寄っていらっしゃった。「御心地がよろしく御覧になれば、やがて出よう。なお苦しくていらっしゃれば、今宵は宿直に。いまは、一夜を隔てるのも覚束ないのが辛い」といって、しばし慰め遊ばして、お出になった様子が、返す返す見るとも見るとも、飽きるまいほど、匂いやかに風情があるので、お出になった名残、寂しく眺められる。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。