第51帖 浮舟 / 第23場面
垣根際の夜
あらすじ・人物・読み方
約束の夜、匂宮は宇治に来て侍従と垣根際で押し問答し、浮舟に会えないまま歌を残して帰る。
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宮は、お馬で少し遠くお立ちになっているところに、里びた声をした犬どもが出て来て吠えるのも、たいそう恐ろしく、人の少ない所に、たいそう不思議なお歩きなので、
「とりとめない者が走り出て来たりしたら、どうなることか」と、控える限りの者が心を惑わせた。「やはり、早く参ろう」と言い騒がせて、この侍従を連れて参る。髪の脇から掻き越して、様子がたいそう趣深い人である。
馬に乗せようとするけれど、まったく聞かないので、衣の裾を取って、立ち添って行く。自分の沓を履かせて、自らは、供である人の不思議な物を履いた。
参って、「このような次第です」と申し上げると、語らいなさるはずの様子さえないので、山賤の垣根の棘葎の蔭に、障泥という物を敷いてお降ろし申し上げる。
ご自分の心地にも、「不思議な有様だな。このような道に損なわれて、はかばかしくは、いられない身のようだ」と、お思い続けるのに、お泣きになることが限りない。
心弱い人は、ましてたいそう大変に悲しいと拝見する。大変な仇を鬼に作ったとしても、並々に見捨ててはいけない人のお有様である。躊躇いなさって、
「ただ一言も申し上げさせられないのか。どうして、今さらこんなことになるのか。やはり、人々の言いなした様子があるだろう」とおっしゃる。有様を詳しく申し上げて、
「そのまま、そうお思い召す日を、かねては散らない様子に、図らせなさい。こんなに畏れ多いことどもを拝見しましたので、身を捨ててもお思いになった図りはしましょう」
と申し上げる。自分も人目を大変にお思いになるので、一方にお恨みになる様子もない。夜はひどく更けてゆくのに、この物を咎める犬の声が絶えず、人々が追い避けなどするのに、弓を引き鳴らし、不思議な男どもの声どもがして、
「火が危ない」などと言うのも、たいそう心慌ただしいので、お帰りになるほどは、言うまでもない。
どこにこの身を捨てようかと、白雲のかからない山でさえ、泣く泣く行くのです。それでは、早く」と言って、この人をお帰しになる。お様子が艶やかにあわれで、夜更けの露に湿ったお香の香ばしさなど、例える手立てがない。
泣く泣く帰って来た。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第51冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。