第51帖 浮舟 / 第5場面
薫にまねての忍び入り
あらすじ・人物・読み方
匂宮は薫の声色をまねて右近を取り込み、浮舟の寝所へ忍び入る。驚く浮舟をなだめ、二人は夜を共にする。
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眠いと思ったので、たいそう早く寝入った様子をご覧になって、待たせる手立てもないので、静かにこの格子をたたきなさる。右近が聞きつけて、
「誰か」と言う。声をお作りになると、上品な咳払いと聞き知って、「殿のおいでなのだろうか」と思って、起きて出た。「まず、これを開けよ」
とおっしゃると、「不思議です。覚えのない時刻でもございますね。夜はたいそう更けているでしょうに」と言う。「物へお渡りになるそうだと、仲信が言ったので、驚かされたままに出発してしまった。たいそう苦労したものだ。まず開けよ」
とおっしゃる声は、たいそうよく真似て似せなさって、忍んでいるので、思いも寄らずに、閂を外す。「道で、たいそう無事ではなく恐ろしいことがあったので、不審な姿になっている。火を暗くせよ」
とおっしゃると、「ああ、大変」と慌てふためいて、火は取りやった。「私を、人に見せるな。来たからとて、人を驚かすな」と、たいそう上手なお心で、もともとほのかに似ていたお声を、ただあの方のご様子に真似てお入りになる。
「大変なことの様子とおっしゃっていた、どんなお姿だろう」と気の毒で、自分も隠れて拝見する。たいそう細やかになよなよと装束を着て、香の香ばしいことも劣らない。近く寄って、お衣どもを脱ぎ、馴れた顔で横におなりになると、
「いつもの御座にこそ」などと言うが、何もおっしゃらない。お衾を差し上げて、寝ていた人々を起こして、少し退いて皆寝た。お供の人などは、いつものように、ここでは知らない習慣で、
「あわれな、夜のおいでの様子だな」「こんなお有様を、ご存じないな」などと、賢しがる人もいるが、「静かにしなさい。夜の声は、ひそひそ話さえ、騒がしい」
などと言いながら寝た。女君は、「違う人だった」と思うと、驚き悲しいけれど、声さえお上げにならない。たいそうはばかられた所ででさえ、無体だったご心なので、ひたすら驚くばかりだ。
初めから違う人と知っていたら、どうして言いようもあったろうに、夢の心地がするところに、だんだん、その折の辛かった、年月頃思い続ける様子をおっしゃるのに、この宮と知れた。
ますます恥ずかしく、あの方(中の君)のことなどを思うと、また勇ましいこともないので、限りなく泣く。宮も、なまじ、容易く会い見ないことなどをお思いになると、お泣きになる。
夜は、ただ明けに明ける。お供の人が来て声をかける。右近が聞いて参った。お出になる心地もなく、飽きずあわれな上に、またおいでになることも難しいので、「京では探し騒いでも、今日だけはこうしていよう。
何事も生きている限りのためである」。今すぐお出になるのは、本当に死ぬほどにお思いになるので、この右近を召し寄せなさって、「たいそう具合が悪いと思われるだろうが、今日は出ることができないだろう。男どもは、この辺りの近くの所に、よく隠れて控えよ。
時方は、京へ行って、『山寺に忍んでおります』とふさわしい様子に、返事などせよ」とおっしゃるのに、たいそう驚き呆れて、心もなかった夜の過ちを思うと、心地も惑いそうなのを、思い鎮めて、
「今は、万事に溺れ騒いでも、甲斐がないものだから、失礼なことです。不思議だった折に、たいそう深くお思い入れになったのも、こうして逃れられなかったお宿世でした。人のした業でしょうか」
と思い慰めて、「今日、お迎えにとございましたのを、どのようにさせなさろうとするおつもりですか。こうして逃れ申し上げなさらなかったお宿世は、たいそう申し上げようがありません。折がたいそう無事ではありませんでした。
やはり、今日はお出になりまして、お心ざしがございましたら、のどかにでも」と申し上げる。「大人びて言うな」とお思いになって、「私は、月頃思っていたのに、惚れ果ててしまったので、人が非難しようが言おうが知らず、ひたすら思い成ってしまった。
少しでも身のことを思い憚るような人の、こんな歩きをお思い立ちになるものか。お返事には、『今日は物忌』などと言いなさい。人に知られてはいけないことを、誰のためにも思いなさい。他のことは甲斐なし」
とおっしゃって、この人を、世に知らずあわれにお思いになるままに、万の非難もお忘れになるだろう。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第51冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。