第54帖 夢浮橋 / 第6場面
弟との対面
あらすじ・人物・読み方
浮舟は、過去を思い出せないと偽りながら、ただ一人会いたい人のほかには自分の存在を知らせるなと強く頼む。尼君たちは几帳の陰に小君を招き入れる。
原文の一節を選ぶと、発音の読みと現代語を確認できます。読むだけでは音は出ません。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
原文・発音の読み・現代語
現代語で読む
間違えようもなく、はっきりお書きなさっているけれど、他の人々はわけも分からない。
「この君は、どなたでいらっしゃるのだろう。やはり、たいそう心憂い。今でさえ、こんなに強くお隔てなさる」
と責められて、少し外の方に向いて御覧になると、この子は、もうこれまでと世を思い絶った夕暮れに、たいそう恋しいと思った人であった。同じ所で見ていた頃は、たいそう性がなく、やたらに奢って憎らしかったけれど、母がたいそう可愛がって、宇治にも時々連れていらしたので、少し大人びるままに、互いに思い合っていた。
幼心を思い出すにも、夢のようである。まず、母の様子を、たいそう尋ねたくて、「他の人々のことは、自然と少しずつ聞くけれど、親のいらっしゃる様子は、ほのかにも聞くことができない」と、かえってこれを見るにつけ、たいそう悲しくて、ほろほろと泣いてしまわれた。
たいそう趣ある様子で、少し思い当たっていらっしゃる心地もするので、
「ご兄弟でいらっしゃるのでしょう。申し上げたくお思いになることもありましょう。内へお入れ申し上げよう」
と言うのを、「何を、今は世にある者とも思っていないだろうに、変な様子に顔変わりして、ふと会うのも恥ずかしい」と思うと、しばらくためらって、
「本当に、隔てがあると、お見なしになるだろう苦しさに、何も言えません。情けなかったであろう様子は、珍しいことと御覧になっていたでしょうが、正気も失せ、魂などというものも、ない様子になってしまったのでしょうか。どうしても、過ぎた昔のことを、自分ながらまったく思い出せないのに、紀伊守とかいう人が、世の物語をしていた中に、見たあたりのことかと、ほのかに思い出されることがある心地がしました。
その後、あれこれと思い続けるけれど、まったくはっきりとは覚えていないのに、ただ一人いらした人が、どうしてと並々でなく思いなさっていたのを、まだ世にいらっしゃるだろうかと、そればかりが心に離れず、悲しい折々がございますのに、今日見ると、この童の顔は、小さくて見た心地がするのにも、たいそう堪えがたいけれど、今さら、このような人にまで、生きているとは知られずに終わろう、と思っております。
あの人が、もし世にいらしたなら、その一人にだけは、対面したく思っております。この僧都のおっしゃった人などには、決して知られ申し上げまい、と思っておりました。どうか、間違いであったと申しなして、隠し通してください」
とおっしゃると、
「たいそう難しいことだな。僧都のお心は、聖という中でも、あまりに隈なくていらっしゃるので、まさか隠し残しては、申し上げなさるだろうか。後には隠れようもない。並々で軽々しいお身の程でもいらっしゃらない」
などと言い騒いで、
「世にも知れずお心強くいらっしゃること」
と、皆で言い合わせて、母屋の際に几帳を立てて〔小君を〕入れた。
この子も、それは聞いてはいたけれど、幼いので、ふと言い寄るのも憚られるけれど、
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第54冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。