第54帖 夢浮橋 / 第7場面
薫の文と歌
あらすじ・人物・読み方
小君に急かされ、尼君が薫の文を開いて見せる。歌一首を添えた文に浮舟は涙にくれ、返事を書くことができず、文を持ち帰らせる。
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「またある〔薫の〕お文を、どう差し上げよう。僧都のご案内は、確かなのに、こんなに頼りなくしていることが」
と、伏し目で言うと、
「そうそう。まあ、可愛らしい」
などと言って、
「お文を御覧になるべき人は、ここにいらっしゃるようです。証人の者が、どういうことかと、分かりかねておりますので、やはりおっしゃってください。幼いお身の程だけれど、このようなご案内でお頼み申し上げるわけもありましょう」
などと言うけれど、
「お心を隔てて、はっきりしないご様子でいらっしゃるのでは、何事を申し上げられましょう。疎くお思いになってしまったので、申し上げるべきこともございません。ただ、このお文を、人伝てでなく差し上げよ、と言われておりましたのを、どう差し上げよう」
と言うと、
「たいそうもっともなこと。やはり、そんなにひどくいらっしゃいますな。さすがに恐ろしいお心であること」
と申し上げて揺り動かし、几帳のもとに押し寄せ申し上げたところ、我にもなく座っていらっしゃる気配が、他の人には似ない心地がするので、そのおそばに寄って差し上げた。
「お返事を早く頂いて、参りましょう」
と、このように疎々しいのを、心憂しと思って急ぐ。
尼君が、お文を解いて、お見せ申し上げる。もとのままのご筆跡で、紙の香なども、いつもの、世の常でないほどに染みている。ほのかに見て、いつもの、感心癖の過ぎた人〔尼君〕は、たいそう有り難く面白いと思うに違いない。
「まったく申し上げるすべもなく、さまざまに罪の重いお心を、僧都にお思い許し申し上げて、今となってはどうにか、情けなかった世の夢語りをだけでも、と急がれる心が、自分ながらもどかしいのです。まして、人目にはどうでしょう」
と、〔薫は〕書きも終わりなさらない。
法の師〔僧都〕を尋ねる道を手引きとして、思いもかけぬ山に踏み惑うことよ。
この人は、〔私を〕見忘れなさったのでしょう。こちらには、行方の知れない形見として見る物〔手習の文字〕があるのです」
などと、細やかである。
このように細々とお書きなさった様子が、紛らわしようのないのに、そうかといって、その人でもない様子を、思いの外に見つけられ申し上げたであろうほどの、きまり悪さなどを思い乱れて、いよいよ晴れ晴れしない心は、言いやるすべもない。
さすがに泣き出して、倒れ臥しなさったので、「たいそう世の常でないご様子だな」と、見かねてしまった。
「どう申し上げよう」
などと責められて、
「気分がかき乱れるようにしております間は、ためらって、今申し上げましょう。昔のことを思い出すけれど、まったく覚えていることはなく、不思議に、どういう夢であったかとばかり、心も得ません。少し静まって、このお文なども、見覚えがあることもありましょう。今日は、やはり持ってお帰りください。宛先違いでもありましょうに、たいそう傍ら痛いでしょう」
と言って、広げたまま、尼君に差しやりなさると、
「たいそう見苦しいおことだな。あまりに不都合なのは、お見申し上げる人も、罪を免れる所がないでしょう」
などと言い騒ぐのも、酷く聞きにくく思えるので、顔も引き入れて臥していらした。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第54冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。