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御伽草子「一寸法師」 / 第1場面

一寸法師の誕生

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一寸法師の誕生をもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

住吉明神に祈って授かった子は、背が一寸しかない。十二、三歳になっても大きくならず、両親は化物ではないかと嘆き、どこかへやってしまいたいと話す。

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御伽草子「一寸法師」・第1場面0 / 12
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その昔、中ごろのこと、津の国の難波の里に、翁と媼がいた。媼は四十歳になるまで、子がないことを悲しみ、住吉〔明神〕へ参って、よい子を授けてくださいと祈ったところ、大明神が哀れに思われて、〔媼が〕四十一歳という年に子を宿したので、翁の喜びは限りなかった。

やがて十月という月に、かわいらしい男の子を授かった。しかし、生まれたときから背が一寸しかなかったので、その名を一寸法師と名づけられた。

年月がたつうちに、はや十二、三歳になるまで育ったけれども、背は人の大きさにならなかった。〔両親が〕つくづく思うには、〔この子は〕ただ者ではない。ただの化物の類いであろう。私はどんな罪の報いで、このようなものを住吉〔明神〕から授かったのだろう。あさましいことだ。見る目もいたわしい。夫婦が思うようすは、あの一寸法師をどこかへやってしまいたい、ということであったが、やがて一寸法師は、この話を聞いてしまった。

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底本:『御伽草子 後』今泉定介・畠山健校定、吉川半七、明治24年[1891](国立国会図書館蔵 913.49-O-I)所収「一寸法師」。本文画像:所蔵機関の公開資料。

明治24年(1891)今泉定介・畠山健校定『御伽草子 後』(吉川半七、国立国会図書館蔵 913.49-O-I)所収「一寸法師」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本は渋川版の本文を明瞭な字形で伝える明治の校定本で、通行字体・現行仮名へ写し、句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。