謡曲「葵上」 / 第2場面
梓弓の口寄せ
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あらすじ・人物・読み方
神子が清浄の詞を唱えて梓弓を鳴らすと、破れ車に乗る怨霊が現れる。霊は輪廻と無常を謡い(次第・サシ)、梓の弓の音に引かれて顕れた思いを歌に託す。
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神子「天清浄、地清浄。内外清浄、六根清浄。依り人は、今こそ寄り来る。長浜の葦毛の駒に、手綱をゆるく掛けて。」
生霊「二つの車に法の道、火宅の門を出たのであろうか。夕顔の宿の破れ車、行き場のないことこそ悲しいことだ。」
地謡「浮世は牛の小車の、浮世は牛の小車の巡るように、因果の報いであるのだろう。」
生霊「およそ輪廻は車の輪のように巡り、六道と四生の世界を出ることがない。人の世の無常は芭蕉や泡沫のようなもので、昨日の花は今日の夢と、驚かないことこそ愚かである。我が身の憂いに人の恨みがなお添い、忘れることもできない私の思い。せめて暫し慰めようと、梓の弓の音に怨霊がここまで現れ出たのである。」
生霊「ああ恥ずかしい、今となっても忍び車に乗る私の姿。月を眺めて夜を明かしても、月を眺めて夜を明かしても、月には見えまい、陽炎のような身は。梓の弓の末弭に立ち寄って、憂さを語ろう、語ろう。」
底本:『謡曲二百番:四流対照』上巻 芳賀矢一訂、金港堂書籍、明治42年[1909]所収「葵上」。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治42年(1909)芳賀矢一訂『謡曲二百番:四流対照』上巻(金港堂書籍)所収「葵上」(観世流)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の主文(観世流)の字句を残し、他流の異文符は本文に含めていません。発音の読みと独自訳を添えています。