謡曲「葵上」 / 第3場面
怨霊の名乗り
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あらすじ・人物・読み方
霊は梓の弓の音の在りかを神子と問答し、姿の見えない上臈が破れ車に取りついて泣く有様を語る。大臣が名を名乗るよう促すと、霊は六条御息所の怨霊であると明かし、かつての栄華と今の恨みを訴える。
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生霊「梓の弓の音はどこからか、どこからか。神子「東屋の母屋の妻戸のそばにおりますが。生霊「姿が見えないので、尋ねる人もない。」
生霊「不思議なことだ、誰とも見えない上臈の方が、破れ車にお召しになって、青女房と思われる人が、牛もいない車の長柄に取りついて、さめざめとお泣きになる、痛々しいことよ。」
「もしかすると、あの方ではございませんか。大臣「おおよそは推量申しております。ただ包まずに、名をお名乗りください。」
生霊「それ、娑婆は電光のようなはかない境涯で、恨むべき人もなく、悲しむべき身でもないのに、いつしか浮かれ初めたことであろう。ただ今、梓の弓の音に引かれて現れ出たものを、どのような者とお思いか。これは六条御息所の怨霊である。私が世にあった昔は、雲上の花の宴、春の朝の御遊びに馴れ、仙洞の紅葉の秋の夜は月に戯れ、色香に染まって華やかだった身であるけれども、衰えてしまえば、朝顔が日影を待つ間ほどの、はかない有様である。ただ果てしない私の心、物憂い野辺の早蕨のように萌え出で初めた思いの露。このような恨みを晴らそうとして、ここまで現れ出たのである。」
地謡「思い知らないか、世の中の情けは人のためにはならない。自分が人のためにつらく当たれば、つらく当たれば、必ず我が身にも報いるのである。何を歎くのか、葛の葉の根のように、恨みはさらに尽きることはあるまい、あるまい。」
生霊「ああ恨めしい。今は打たずにはいられない。神子「ああ浅ましい、六条御息所ほどの御身分で、後妻打ちの御振る舞いなど、どうしてそのようなことがありましょう。ただ思い留まってください。」
底本:『謡曲二百番:四流対照』上巻 芳賀矢一訂、金港堂書籍、明治42年[1909]所収「葵上」。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治42年(1909)芳賀矢一訂『謡曲二百番:四流対照』上巻(金港堂書籍)所収「葵上」(観世流)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の主文(観世流)の字句を残し、他流の異文符は本文に含めていません。発音の読みと独自訳を添えています。