竹取物語 · 学びのノート
竹取物語「なめり」の意味|1文で読む翁の推量
竹取物語の「なめり」は「なる」と「めり」が合わさった形です。翁が小さな人を自分の子になるはずの人と判断する一文を、推量と敬意に分けて読みます。書かれない「ん」と「給ふ」の働きを図で確かめ、原文の次の一節へつなげます。

Q. 「子になり給ふべき人なめり」の「なめり」は、どういう意味?
A. 「なめり」は断定の助動詞「なり」の連体形「なる」と推定の「めり」が合わさった形です。「子になり給ふべき人なめり」は、翁が小さな人を「自分の子におなりになるはずの人であるらしい」と判断する言葉。「給ふ」はその人への敬意を表します。
かぐや姫を見つけた翁は、ただ「うちの子にしよう」と言ったのでしょうか。『竹取物語』の原文には、「子になり給ふべき人なめり」とあります。短い言葉の中に、目の前の人をどう受け止めたかという判断と、その人に向ける敬意が重なっています。
大石浩之(磐田市/不動産業)です。私はこの学習サイトを運営しています。知っている物語でも、言葉を一つ確かめると、あらすじだけでは見えなかった関係が現れます。今回は「なめり」を入り口に、翁の言葉を読んでみます。
群馬県が2026年10月13日に公表した案内によると、2026年の読書週間は10月27日から11月9日までです。長い作品を読み切ることだけを目標にせず、一文の発見を読書のきっかけにする。そんな読み方を、この期間に提案します。
まず「翁言ふやう」で発言の主を確かめる
「子になり給ふべき人なめり」は、竹取の翁の発言として書かれています。直前の「翁言ふやう」が、誰の言葉なのかを示す手掛かりです。語り手が外から説明する部分と、人物が自分の判断を述べる部分を分けて読みます。
子になり給ふべき人なめりとて、手にうち入れて、家に持て来ぬ。
引用は公開教材の表記に従いました。採用底本は、飯田永夫校『竹取物語 校訂標註』、上原書店、1892年刊です。国立国会図書館の画像5コマ左側、印刷ページ1にも、この発言から家へ連れ帰る流れが読めます。原文と資料の確認日は2026年10月28日です。
場面は、光る竹の中から小さな人を見つけた直後です。「子に」の前には、現代語なら「私の」を補うと関係がつかめます。ただし、原文に「私の」という文字があるわけではありません。発言者が翁であり、その後に家へ連れ帰るため、文脈から補っているのです。
発言の後ろにある「とて」は、翁の言葉から行動へつながる境目です。小さな人を手の中に入れ、家へ持って帰る。その次には妻の嫗に預けて養わせる記述が続きます。「誰が言ったか」と「その後、誰が動いたか」を合わせると、一文が場面の中に収まります。
作者と発言者を分ける読み方は、土佐日記の冒頭で作者と女の語り手を確かめる記事でも扱いました。竹取物語では、まず「翁言ふやう」という明示された言葉から追えるのが助けになります。
「なめり」は「なる」と「めり」に分けて考える
「なめり」は、断定の助動詞「なり」の連体形「なる」と、推定の助動詞「めり」が組み合わさった形です。「なるめり」の「る」が撥音便で「ん」となり、その「ん」を書かない形が「なめり」です。
見た目が三文字なので、「なめり」という一つの助動詞を覚えたくなるかもしれません。けれども、文法を確かめるときは「なる」と「めり」に戻します。「である」という形に、「らしい」という判断が重なっていると考えると、訳とのつながりが見えます。
「なんめり」から「なめり」への矢印は、表記の説明です。「ん」が書かれていないことと、音の仕組みそのものをなくすことは同じではありません。学校文法で音読を確認する際には、撥音を補って「なんめり」と読む点も押さえます。原文の文字は、そのために勝手に書き換えません。
文法上の整理は、福岡大学が公開する教材資料の印刷ページ211「人なめり」の項でも確認できます。資料の現代語訳を転載せず、ここでは公開教材の原文に即して説明しています。用語が多く感じられたら、今日は「であるらしい」に戻せるところまでで十分です。
「人なめり」だけなら、「人であるらしい」。前をつなげると、「子になり給ふべき人であるらしい」です。「なめり」を訳してから、どんな「人」なのかを左側で確かめる。語を分ける作業が、一文全体の意味へ戻る道になります。
「らしい」は、翁が目の前の様子からした判断
この場面の「めり」は、翁が目の前の様子を手掛かりに判断する働きを担っています。竹の中に小さな人がいるという描写と、「私の子になるはずの人らしい」という受け止め方は、同じ種類の情報ではありません。
公開教材では、翁が朝夕に見る竹の中にその人がいることを述べた後、「子になり給ふべき人なめり」と続きます。翁は、自分の暮らしに関わる竹から現れた人を、自分との関係に結び付けて捉えています。誰かから親子になるよう命じられた、という文にはなっていません。
一方、「めり」があるだけで、翁が自信を持てずにためらっていたとは決められません。判断の表し方と、心の迷いの強さは別です。本文には、その直後に連れ帰る行動が書かれています。「らしい」を現代語の弱気な響きだけで受け取ると、行動とのつながりを見失います。
「べき」は助動詞「べし」の連体形で、後ろの「人」を修飾しています。ここでは公開教材の訳に沿って「子になるはずの人」と受け止めます。現代語の「子になるべきだ」という命令や義務だけを当てはめると、翁が相手に何かを強制する響きになってしまいます。
否定も推定も、短い語だけで文全体を決めず、何にかかるかを見ると理解が進みます。方丈記の「絶えず」と「あらず」を分けた記事では、打ち消す対象を確かめました。今回は「人である」という判断に「めり」が加わる位置を見ます。
なお、直前の「御座するにて」は、公開教材に本文を定めた経緯の注記があります。底本の字形だけでは確定せず、同系統の流布本を参照した箇所です。本記事ではその句の字形を確定したと扱わず、確認できる対象句と発言の範囲に絞っています。
「給ふ」の敬意は、小さな人に向いている
「なり給ふ」の「給ふ」は、動作をする人を高める尊敬の補助動詞です。この一文で子になる人は、竹の中から見つかった小さな人です。発言者の翁が、その人を敬う形で語っています。
「給ふ」を「物を与える」とだけ覚えていると、この句で何を渡すのか探したくなります。ここでは「なり」という動詞に添えられています。「なる」を敬う言い方にして、「おなりになる」と受け止めると、文の形がすっきりします。
意外なのは、自分の子になると思った相手にも、翁が敬語を使っていることです。年長者が幼い相手に語る場面だからといって、敬意が消えるわけではありません。ただし、敬語一つから、その人の出自や位を翁がすべて知っていたとまでは言えません。
「めり」は翁の判断、「給ふ」は相手を高める言い方。この二つは、一文の中で別々の仕事をしています。訳すときには、「自分の子におなりになるはずの人であるらしい」と分けて受け止めれば、推量のために敬意を落とすことも、敬意のために断定へ変えることも避けられます。
知っている言葉を現代の意味だけで読まない点は、桐壺の「ときめく」を人間関係から読む記事ともつながります。単語の意味を確認することは、人物どうしの距離を知ることでもあります。
今日の確認は、判断する人と敬われる人を分ける
「なめり」を読む小さな練習は、原文の対象句を開き、判断する人と敬われる人を別々に答えることです。全文を覚えなくても、「翁が判断し、小さな人を敬う」と本文の言葉を根拠に説明できれば、一つ発見が増えます。
短い現代語訳から全体をつかむ読み方には、場面を見失いにくい良さがあります。その上で、私は「らしい」だけで読み終えない工夫を加えたいと考えます。誰の判断なのかを一度原文へ戻って確かめると、訳に省かれた関係も自分で追えます。
私は、翁の気持ちを「喜び」か「不安」かに今すぐ決めなくてよいと考えます。敬語に驚きがあるのか、畏れがあるのか、私にも一語だけでは決めきれません。今日は、翁の判断だと分かる言葉を一つ見つける。その材料を持って続きを読めば、受け止め方を変える余地も残ります。
竹取物語の第1場面で、「翁言ふやう」から「家に持て来ぬ」までをたどれます。「なめり」を「であるらしい」に置き換え、「給ふ」の分を「おなりになる」で補ってみる。答えを確かめた後は、嫗が登場する次の一節へ進めます。
「なめり」で確かめたい3つの疑問
竹取物語の「なめり」は、語の成り立ち、翁の判断、敬意の向きを分けると整理できます。読み返すときに確かめたい疑問を、三つに分けて答えます。
「なめり」は一つの助動詞ですか?
文法上は、断定の助動詞「なり」の連体形「なる」と、推定の助動詞「めり」に分けます。「なるめり」の「る」が「ん」となる撥音便を経て、その「ん」を表記しない形です。意味を確かめる際は「であるらしい」に戻し、前の「人」につなげます。表記上の省略と音の変化を分けるのが読み解く手掛かりです。
「めり」があるので、翁は迷っているのですか?
「めり」だけで、翁の迷いの強さまでは決められません。この場面では、見つけた人を自分の子になるはずの人と判断しています。判断の直後には、手の中に入れて家へ連れ帰る行動が続きます。推定を表す語の働きと、人物の心理についての解釈を分け、前後の描写も合わせて受け止めるのが確実です。
「なり給ふ」は誰への敬意ですか?
子になる動作の主である、竹の中の小さな人への敬意です。「給ふ」はここでは尊敬の補助動詞で、「なり」を高めています。発言者は翁なので、敬意の向きは翁からその人へとなります。翁自身を高める言葉でも、物を与える動作でもありません。誰の動作に付く語かを確認すると、人間関係を取り違えずに読めます。
本記事は文学作品の読み方を案内するものです。本文の表記や解釈には底本による違いがあります。資料の公開状況や行事の日程は変わる場合があります。授業・試験など個別の判断では、指定の教材や担当の先生に確認してください。表紙は本文の場面をもとに生成した創作画で、当時の実景を示す資料ではありません。
わかったところから、作品へ
全部を覚えてから進む必要はありません。気になった一節を、今の目で読んでみましょう。
出典・確認した資料
- 国立国会図書館:竹取物語 校訂標註(1892年)画像5コマ・印刷1ページ(2026年10月28日確認)
- ATAWI古典文学:竹取物語 第1場面(2026年10月28日確認)
- 群馬県:令和8年度 読書週間の案内(10月13日更新)(2026年10月28日確認)
- 文法の補助資料:福岡大学公開・竹取物語教材資料(印刷211ページ)(2026年10月28日確認)
本文の日本語による解説・練習例は独自に作成。解釈や学び方の提案は、原典の事実と区別しています。