ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第4帖 夕顔 / 第4場面

隣家の消息

あらすじ・人物・読み方

惟光が隣家で見聞きしたことを報告する。

下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。

表示と音声の設定

任意の復習へ

現代語で読む

そういえば、あの惟光が引き受けたのぞき見については、〔惟光が〕内情をたいそうよく見て取って報告する。

「どのような人かは、全く見当がつきません。人に知られまいと、ひどく隠れている様子に見えますが、

〔隣家の人々は〕退屈にまかせて、南の半蔀のある長屋に移って来ては、車の音がすると、若い者たちがのぞいたりしているようで、

ここの主人と思われる方も、這って渡ることがあるようです。顔立ちはちらりとしか見えませんが、とても愛らしくございます。

先日、先払いをして通る車がございましたのをのぞいて、童たちが急いで、「右近の君、まず御覧なさいませ。中将殿がこちらをお通りになりました」と言うと、

また、感じのよい年長の人が出て来て、「静かに」と、そう言いながらも、「どうしてそうわかるの。さあ見よう」と言って、這って渡るのです。渡し板のようなものを通路にして、行き来しております。

急いで来る者は、衣の裾を物に引っかけて、よろめいて倒れ、橋からも落ちそうになったので、

「まったく、この葛城の神こそ、利口にしつらえておいたものだ」と不平を言って、のぞき見する気持ちも、さめてしまったようです。

〔車の〕君は直衣姿で、随身たちもおりましたが、だれそれと〔隣家の人が〕数えたのは、頭中将の随身で、その小舎人童を目印にして言ったのでございました」などと〔惟光が〕申し上げると、

〔君は〕「確かに、その車を見たのだね」とおっしゃって、

もしや、あの、しみじみと思って忘れなかった人なのだろうかとお思いつきになるのも、〔惟光〕は、たいそうお知りになりたそうなご様子を見て、

〔惟光は〕自分自身の恋もうまく整えて、内情も残すところなく見ておきながら、

「〔相手には〕ただ自分たちと同じ仲間だと思わせて、話などをする若い女房がおりますが、とぼけて、だまされているふりで通っております。

〔隣家の人は〕すっかり隠せたと思って、小さい子供などもおりますが、うっかり話し間違えそうになるのも、話をそらして、ほかに人がいないようすを、無理に作っております」などと〔惟光は〕話して笑う。

〔君は〕「尼君の見舞いに行くついでに、のぞき見をさせよ」とおっしゃった。

仮住まいであっても、その住まいの程度をお考えになると、これこそ、あの人が品定めして軽んじた、下の身分なのだろう。その中に、思いがけずおもしろいことでもあれば、などとお思いになるのだった。

惟光は、わずかなことでもお気持ちに背くまいと思う上に、自身も行き届かないところのない好色心で、ひどく工夫してあちこち歩き回りながら、〔君が〕人目を忍んでお通いになれるようにし、その通いが始まったのだった。

この間のことは、くどくなるので、例によって書き漏らしておく。

〔君〕は、女がいったい誰なのか、突き止めていらっしゃらないので、〔君は〕自分も名乗りをなさらずに、

ひどく目立たない身なりになさりながら、いつもと違って身を入れて出歩かれるのは、並々にはお思いになっていないのだろうと〔惟光が〕見るので、自分の馬を差し上げて、お供に走って歩き回る。

「恋人の、たいそうみすぼらしい身の回りを見られてしまいましたら、つらいことにもなるでしょうな」と〔惟光が〕こぼすが、

〔君〕は人にお知らせにならないので、あの夕顔を教えた随身だけと、そのほかには、全く顔を知られていそうにない童を一人ほど連れて、いらっしゃるのだった。もしや〔素性に〕思い当たる様子でもあるかと、隣で中宿りをすることさえなさらない。

女も、とても不思議で、これまでにない心地ばかりがして、お使いに人を添えて、〔通る道筋〕を探らせ、お居場所を見つけようと尋ねるが、

〔君は〕それとわからないように、すっかり迷わせてしまう。

それでも、しみじみと、会わずにはいられないほど〔君〕のお心にかかっていたので、浅はかで軽はずみなことだと、思い直そうとしても思い直せず、たいそうたびたび、いらっしゃる。

こうした色恋の道では、真面目な人でも心の乱れる折はあるが、〔君〕は、たいそう見苦しくなく、自制していらっしゃって、人からお咎め申し上げられるようなおふるまいは、なさらなかったのに、

不思議なほど、今朝の間も、昼間の隔たりさえも、気がかりだなどと、〔君〕は思い悩まずにはいらっしゃれないので、

一方では、ひどく気が変になったようで、それほど心をとめるはずの事柄でもないと、懸命に冷静に思い直していらっしゃる。

〔女の〕人柄は、驚くほど柔らかく、おっとりとして、思慮深さや重々しさは乏しく、ひたすら若々しいものの、世間知らずというわけでもない。

たいそう高貴な身分ではあるまい。どうしてまた、こんなにも心がとまるのかと、〔君〕は繰り返しお思いになる。

〔君〕はたいそう念を入れて、お装束も、目立たない姿の仮の御衣をお召しになり、様子を変えて、お顔もちらりともお見せにならない。夜の深いころ、人々を寝静まらせて、出入りなどなさるので、昔あったという、物の怪の化けたもののようで、〔女は〕気味悪く思い、ため息が出るけれど、

〔男の〕お気配は、また、手探りでもはっきり感じられるものだったので、どなたほどの方なのだろう。やはりこの好色者が仕組んだことなのだろうと、〔女は〕大夫〔惟光〕を疑っているが、

〔惟光は〕あくまで平然と、素知らぬ顔で、全く思いも寄らない様子で、絶えず冗談を言って出入りするので、

どういうことなのかと、わかりかねて、女の側でも、不思議にふだんと様子の違う物思いをしたのだった。

君も、〔女が自分を〕こんなふうにすっかり安心させて、ひそかに離れて行ってしまったら、自分も、どこを目当てにして探したらよいだろう。また、仮の隠れ家と見えるので、どこかへ移ってしまう日がいつかもわからないだろうと、お思いになるにつけ、

〔女を〕追い求めて見失っても、たいしたことではないと思い切れるのなら、ただこれくらいの気晴らしの恋でも終わってしまえるはずなのに、〔君は〕まったく、そうして済ませてしまおうとはお思いになれない。

人目をお考えになって、間をあけておいでにならない夜などは、たいそう耐えがたく、苦しいほどにお感じになるので、

やはり誰とも明かさずに二条院へ迎えてしまおう。もしうわさが立って、都合の悪いことになろうとも、そうなるべきことなのだろう。自分の心ながら、こんなにひどく人に心を染めることはないのに、どんな縁があったのだろうか、などとお考えになる。

「さあ、たいそう気楽な所で、ゆっくりお話ししましょう」などと〔君が〕お誘いになると、

「やはり不思議です。そうおっしゃいますが、親しくなじめないお振る舞いなので、何だか恐ろしいのです」と、〔女が〕たいそう子どもっぽく言うので、

なるほどと、〔君は〕おのずとほほ笑みになって、「本当に、どちらが狐なのでしょうね。さあ、ただだまされていらっしゃい」と、親しみ深くおっしゃるので、

女もすっかり心を寄せて、そうしてもよさそうに思っている。世にも例のない不都合なことであろうとも、いちずに従う心は、たいそういじらしい人だと〔君は〕ご覧になるにつけ、

やはり、あの頭中将の常夏の話で、〔頭中将が〕心配そうに語っていた心の様子が、まっ先に思い出されなさるが、隠すわけがあるのだろう、と、むりにも聞き出そうとはなさらない。

〔女には〕思わせぶりな様子を見せて、ふいに背を向けて隠れてしまいそうな気立てなどはないので、

〔自分の通いが〕間遠になって、途絶えさせておくときこそは、そんなふうに〔女の〕気持ちが変わることもあろう。このままでも、少し気持ちが移ることがあったなら、それこそしみじみ心に染みるだろう、とまで〔君は〕お考えになった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝1 [1673] 跋・国立国会図書館蔵 本別3-1。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。