ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第4帖 夕顔 / 第5場面

十五夜の隣家の声

あらすじ・人物・読み方

月明かりの差す家で、源氏は隣家の暮らしの声を聞く。

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八月の十五夜、曇りのない月の光が、隙間の多い板屋に、あますところなく漏れ入ってきて、〔君が〕見慣れていらっしゃらない住まいの様子も珍しく感じられるところへ、

明け方近くになっていたのだろう。隣の家々から聞こえる、身分の低い男たちのさまざまな声は、驚くほどだ。

「ああ、ずいぶん寒いなあ。今年は稼ぎの面でも頼りにできる所が少なく、田舎との行き来もあてにしていないので、ひどく心細いことだ。北のお方、聞いておいでか」などと言い交わすのも聞こえる。

たいそうしみじみと感じられる、それぞれの暮らしのために起き出し、ざわざわと騒ぐのも、すぐ近くなので、女はひどく恥ずかしく思っている。

気取って思わせぶりな様子を見せる人なら、消え入ってしまいそうな住まいの様子なのだろうよ。けれど〔女は〕おっとりとして、つらいことも、いやなことも、きまりの悪いことも、深く思い詰めている様子ではなく、

自分自身の振る舞いや様子は、たいそう上品であどけなくて、また、この上なく騒がしい隣家の無作法を、どういうこととも聞いてわかっている様子ではないので、かえって恥ずかしがって顔を赤らめるよりも、落ち度も許せるように見えるのだった。

ごほごほと鳴る雷よりも、恐ろしいほどに踏み響かせる唐臼の音も、枕元でしているように感じられる。ああ、耳やかましい、と〔君は〕この音にこそお思いになる。何の響きとも聞き分けていらっしゃらず、たいそう妙で、不快な物音とばかりお聞きになる。こまごまとわずらわしいことばかり多い。

白い衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらから、あたり一帯に聞こえてきて、空を飛ぶ雁の声も、ひとつに重なって、こらえがたいことが多い。

端に近いお居場所だったので、〔君は〕遣り戸を引き開けなさって、〔女と〕一緒に外をご覧になる。狭い庭で、古びた趣を見せる呉竹、植え込みの露は、やはりこのような所でも、同じようにきらめいている。

虫の声は入り乱れて騒がしく、壁の中のきりぎりすさえ、遠くに聞き慣れていらっしゃるお耳に、〔虫が〕じかに押し当てるように、乱れ鳴くのを、〔君には〕かえって趣が違ってお感じになるのも、〔女への〕お気持ち一つが浅くないので、あらゆる欠点も許されるのだろうよ。

白い袷に、薄い色の柔らかな〔衣〕を重ねて、華やかでない姿は、たいそうかわいらしく、か弱そうな感じがして、どこがと、とりたててすぐれているところもないけれど、ほっそりとして、しなやかで、

ものをちょっと言った様子は、ああ、いじらしい、と、ただとてもかわいらしく見える。気の張ったところをもう少し添えていたら、と〔君は〕ご覧になりながら、それでも、もっと気を許し合って過ごしてみたくお思いになるので、

「さあ、ただこのあたりの近い所で、気楽に夜を明かしましょう。いつもこうしているのは、とてもつらかったのです」とおっしゃると、

「どうして、こんな急に」と、〔女は〕たいそうおっとりと言って座っている。この世だけではない縁などまで約束して〔君が〕頼みをかけさせなさると、気を許してくる心の様子などは、不思議に変わっていて、世慣れた人とも思われないので、

〔君は〕人がどう思うかにも遠慮してはいらっしゃれず、右近をお呼び出しになって、随身を呼ばせなさって、お車を引き入れさせなさる。

ここにいる人々も、このような〔君の〕お気持ちが並々でないことを見てわかっているので、はっきりとはわからないながらも、〔君に〕頼みをおかけ申し上げている。

明け方も近くなっていた。鳥の声などは聞こえず、御岳参詣のための精進であろうか、ただ老人めいた声で、額を地につけて拝んでいるのが聞こえる。

立ち居の様子も、つらくてたまらないように勤行する。たいそうしみじみと、朝の露と変わらないこの世なのに、何を欲しがる身の祈りなのか、と〔君が〕お聞きになると、

「将来この世に現れて人々を救う導師に帰依します」と拝んでいるらしい。「あれをお聞きなさい。この世のことだけを思っていたのではなかったのですね」と、〔君は〕しみじみとお感じになって、

修行者の歩む道を道しるべにして、来たる世にも深く結ぶ縁を、たがえないでほしい。

長生殿の昔の例は不吉なので、羽を交わそうというのとは引き換えに、弥勒の世を先取りしてお約束になる。未来へ向けて頼みを持たせるお言葉は、まことに大げさだ。

前世の縁まで知れてしまう、この身のつらさのせいで、行く末も今から、頼みにしづらいことです。

このような〔歌の〕方面なども、実は心もとないらしい。

ためらう月のもとで、ふいに居場所を離れてさまよい出ることを、女はためらって、あれこれおっしゃっているうちに、〔月が〕急に雲に隠れて、明けてゆく空は、とても趣がある。

きまりの悪い時刻にならないうちに、と、いつものように〔君は〕急いでお出になって、〔女を〕身軽にさっと〔車へ〕お乗せになると、右近も乗った。そのあたりに近い、ある院へお着きになって、

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝1 [1673] 跋・国立国会図書館蔵 本別3-1。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。