ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第6帖 末摘花 / 第3場面

十六夜の琴の音

あらすじ・人物・読み方

源氏は命婦の里へ忍んで訪れ、姫君の琴を聞く機会を求めます。命婦は姫君に、夜の気配に誘われたと話します。

下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。

表示と音声の設定

任意の復習へ

現代語で読む

おっしゃったとおり、十六夜の月が趣深いころに、〔源氏は〕いらっしゃった。「本当に、気が引けることです。音色が澄み渡りそうな夜の様子でも、ございませんようなのに」と申し上げるが、「ともかく、あちらへ行って、ほんの一節でも弾いてくださるようお誘いしてほしい。何も聞かず帰るのは、悔しいだろうから」とおっしゃるので、〔命婦は、自分の〕無造作な住まいに、お座りいただいて、気がかりで、もったいないと思うけれど、寝殿へ参ったところ、まだ、格子もそのままで、〔姫君は〕梅の香りの趣深い方を、眺めていらっしゃる。

〔命婦は〕よい機会だと思って、「お琴の音色が、どれほどすばらしく響きますことかと、自然と思われる、この夜の気配に誘われまして。いつもは慌ただしく出入りして、お聞きできませんのが残念なのです」と言うと、「聞き分けてくださる方こそ、いらっしゃるそうですが。宮中に行き来する方に、聞いていただくほどのものでしょうか」と言って、〔琴を〕お取り寄せになるにつけても、〔命婦は〕むやみに、「〔源氏は〕どうお聞きになるだろう」と、胸がどきどきする。〔姫君が〕かすかに、弾き鳴らしなさる。趣深く聞こえる。

それほど奥深い奏法ではないが、楽器の音色そのものが、格別な由緒を感じさせるものなので、〔源氏には〕耳障りとも、思われない。

たいそう荒れ果てた、寂しい所に、あれほどの方が、昔風に、ものものしく、大切に住まわせていたであろう名残もなく、〔亡き父宮は〕どれほど心残りがあったことだろう。このような所にこそ、昔物語にも、心を打つ出来事があったのだな、などと、あれこれ思い続けて、言葉をかけて近づこうかとお思いになるが、出し抜けだとお思いになるかと、気が引けて、ためらっていらっしゃる。

命婦は、気の利く女なので、あまり聞き慣れなさるところまで、お聞かせはすまいと思って、「〔空が〕曇りがちのようでございます。お客が、参ると申しておりました。嫌な顔をされても困りますから。また、ゆっくりと。お格子を下ろしましょう」と言って、それほど、〔琴を弾くよう〕促しもせず、戻ってきたので、「中途半端なところで、終わってしまったね。音を聞き分けられるほどでもなくて、口惜しい」とおっしゃる。

〔源氏は、命婦の〕様子がおもしろいと、お思いになっている。「せっかくなら、間近な所での様子を、立ち聞きさせてほしい」とおっしゃるが、〔命婦は、姫君に〕奥ゆかしくあってほしいと思うので、「いえ、もう、たいそう寂しいお暮らしの中で、思いに沈み、痛々しいご様子でいらっしゃるようなのに、〔そうしては、姫君に〕不安を与えることになりませんでしょうか」と言うと、「確かに、それもそうだね。急に、こちらも相手も気を許して語り合えるかどうかは、人の身分の違いにもよるものだね」などと、お気の毒に思われる方のご身分なので、「それでも、そういう気持ちを、ほのめかしておいてほしい」と、お頼みになる。

また、〔今夜〕お約束なさった相手があるのだろうか、ひどく人目を避けて、お帰りになる。「帝が、まじめでいらっしゃると、〔あなたの扱いに〕困っていらっしゃることこそ、おもしろく思われます時がございます。このように人目を忍ぶお姿を、どうしてお見つけになれましょう」と申し上げると、〔源氏は〕戻ってきて、ふっとお笑いになり、「ほかの人が言うようなことを言って、落ち度を暴き立てないでほしい。これを浮気な振る舞いと言うなら、女との付き合いは、窮屈なものになろう」とおっしゃるので、〔源氏は命婦を〕ひどく色めいているとお思いになって、時々こうおっしゃるのを、〔命婦は〕気恥ずかしく思って、何も言わない。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第6冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。