ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第22帖 玉鬘 / 第2場面

筑紫への船路

あらすじ・人物・読み方

行方知れぬ母を尋ねあぐねた乳母たちは、若君のことを父のもとへほのめかすこともできず、舟で筑紫へ下る。大島の沖で舟人の歌を聞き、乳母と少弐は夕顔を恋うて歌を交わす。

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現代語で読む

あの西の京に残った若君〔玉鬘〕の行方さえ分からず、ひたすら思い悩み、また「今さら甲斐のないことで、私の名を漏らすな」と〔夕顔が〕口止めなさったのを憚り申し上げて、尋ねてもお便りを申し上げなかったうちに、そのご乳母の夫が少弐になって赴任したので、〔筑紫へ〕下ってしまった。あの若君が四歳になる年に、筑紫へ行ったのである。母君〔夕顔〕のご行方を知ろうと、あらゆる神仏にお願いして、夜昼泣いて恋い慕い、しかるべき所々をお尋ね申し上げたけれど、とうとう聞き出すことができなかった。

「それではどうしよう。若君だけでも、〔夕顔の〕ご形見としてお育て申し上げよう。心細い旅路にお連れ申し上げて、遥か遠くにいらっしゃるのは悲しいことだ。やはり、父君〔頭中将〕にほのめかそう」と思ったけれど、適当な伝手もないうちに、「母君がいらした方も分からず、〔父君が〕尋ねお問いになったら、どう申し上げよう」「まだ、よく見慣れなさってもいないのに、幼い方をお留め申し上げなさるのも、心配なことに違いない」

「知りながら、また、連れて下ってよいとお許しくださるはずもない」などと、それぞれ語り合って、たいそう可愛らしく、今から気高く清らかなご様子〔の若君〕を、格別のしつらえもない舟に乗せて漕ぎ出す時は、たいそうしみじみと感じられた。

幼い心にも、母君をお忘れにならず、折々に、「母の御もとへ行くの」とお問いになるにつけて、涙の絶える時もなく、娘たちも思い焦がれるのを、「舟旅は不吉なことです」と、一方では諌めた。趣のある所々を見ながら、

「お心の若かった〔夕顔〕がいらしたら、こんな旅路をもお見せ申し上げることができたらなあ」「いらっしゃったなら、私たちは下らなかったでしょうに」と、京の方を思いやるにつけ、帰る波もうらやましく、心細いところに、舟子たちが荒々しい声で、「心悲しくも、遠くへ来てしまったことよ」

と、歌うのを聞くやいなや、二人は向かい合って泣いた。舟人までも誰を恋い慕うのか、大島の浦に悲しげな声が聞こえてくることよ。

来た方も行く先も知れない沖に出て、ああどこにいらっしゃるあなたを恋い慕えばよいのでしょう。都を離れる別れに、それぞれ思いを晴らして言ったのであった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第22冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。