ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第22帖 玉鬘 / 第3場面

少弐の遺言

あらすじ・人物・読み方

筑紫に着いた少弐は任果てて病に伏し、姫君を京へ率て父に知らせるよう息子たちに言い置いて死ぬ。姫君は母にも増して美しく育ち、片端があるという噂を流して求婚者たちを遠ざけている。

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金の岬を過ぎて、「私は忘れない」などと、世の常の言い草になって、あちら〔筑紫〕に到着してからは、なおさら遥かな道のりを思いやって、恋い泣いて、この君〔玉鬘〕を大切にお世話する対象として、日々を明かし暮らす。夢などに、たいそうまれに〔夕顔が〕お姿を見せなさる時などもあった。同じような姿の女などが、添っていらして見えると、その名残で気分が悪く悩んだりしたので、「やはり、〔夕顔は〕この世で亡くなってしまわれたらしい」と思うようになるのも、ただただ悲しいことであった。

少弐は、任期が終わって上京などしようとするが、遥かに遠い道のりで、格別の勢力のない人は、ためらっているうちに、すっきりと出発もできないでいるうちに、重い病気になって、死にそうな心地の時にも、この君が十歳ほどにおなりになったご様子が、恐ろしいほど愛らしいのを拝見して、

「私までもお見捨て申し上げて、どんな有様におさまよいになるのだろう。〔こんな〕あやしい所にお育ちになるのも、もったいなく思い申し上げていたけれど、いつか京へお連れ申し上げて、しかるべき人にもお知らせ申し上げて、ご運命にまかせてご様子を拝見するにしても、都は広い所だから、たいそう安心できるだろうと、思い急いでいたのに、ここにいながら命が保てなくなってしまったこと〔が残念です〕」と、心配がる。男子が三人いるのに、「ただこの姫君を、京へお連れ申し上げることを考えよ。私への孝行は、思うな」と言い置いたのであった。

〔頭中将である〕その人のご子だとは、館の人にも知らせず、ただ「孫で大切に育てるべきわけがある」と言いなしていたので、人に見せず、限りなく大切にし申し上げるうちに、〔少弐が〕急に亡くなってしまったので、しみじみと心細くて、ただ京へ出立しようとするが、この少弐と仲の悪かった国の人が多くいるなどして、あれこれと恐れ憚って、自分でもないように年を過ごすうちに、この君は、お育ちが整いなさるにつれて、母君よりもまさって清らかに、父である大臣の血筋まで加わるからか、気品高く美しい。気立てはおっとりとして好ましくいらっしゃる。

〔姫君の噂を〕聞きつけては、好色な田舎人たちが、心をかけて文を寄せることが、たいそう多かった。〔それが〕忌まわしく目に余ると感じられるので、誰も誰も聞き入れない。「容貌などは、ともかくあるだろうけれど、ひどい片端〔身体の欠陥〕があるので、人にも見せず尼にして、私の生きている限りは持とう」と言いふらしていたので、「亡き少弐の孫は、片端があるそうだ」

「惜しいものを」と、言うのを聞くのも忌まわしく、「どうにかして、都へお連れ申し上げて、父である大臣にお知らせ申し上げよう。〔姫君が〕幼かった頃を、たいそう可愛いと思い申し上げていらしたのだから、それでも粗略にお見捨て申し上げなさることはないだろう」などと言って嘆く間、仏や神に願を立てて祈っていた。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第22冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。