ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第22帖 玉鬘 / 第6場面

夜逃げの船出

あらすじ・人物・読み方

大夫監の迎えの日取りを前に、一行は夜逃げして舟に乗る。追手を恐れて響の灘を越え、川尻に着くまで、姫君と豊後介は行く末を案じて歌を交わし、豊後介は妻子を捨てた悔いを噛む。

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次郎が語らい取られたのも、たいそう恐ろしく気が重くて、この豊後介を責めると、「どういたしたらよいでしょうか。語らい合うべき人もいない。まれまれの兄弟は、この監に同じ心でないといって、仲違いしている。この監に恨まれては、少しの身動きをするにも、所が狭くあるはずです。かえってひどい目を見ましょう」

と、思い悩んでいるけれど、姫君が人知れず思い悩んでいる様子が、たいそう心苦しくて、生きてはいられまいと思い沈みなさっているのが、もっともと感じられるので、ひどいことを思い構えて出発する。妹たちも、長年過ごした頼りを捨てて、このお供に出発する。あてきと言ったのは、今は兵部の君という者が、添って、夜逃げして出て舟に乗った。大夫監は、肥後に帰って行って、四月二十日の頃に、日取りをして来ようとしているうちに、このように逃げるのだった。

姉のおもとは、一族が広くなって、出発できない。互いに別れを惜しんで、会って見ることの難しいのを思うと、長年過ごした故郷といっても、格別見捨てがたいこともない。ただ、松浦の宮の前の渚と、あの姉おもととの別れを、振り返らせられて、悲しかった。

浮島を漕ぎ離れても、行く方や、どこに泊まるのか、知らずにいることよ。行く先も見えない波路に舟出して、風に任せる身こそ浮いていることよ。

たいそう頼りない心地がして、うつ伏して臥せなさっていた。「このように、逃げたことを、自然と言い出して伝えたら、負けじ魂で、追って来るだろう」と思うと、心も惑って、早舟といって、特別に構えていたので、思う方の風まで進んで、危ないほど走り上った。響の灘も穏やかに過ぎた。

「海賊の舟だろうか。小さい舟が、飛ぶようにして来る」などと言う者がいる。海賊が一途であるのよりも、あの恐ろしい人が追って来るのだろうかと思うと、どうしようもない。つらいことに胸ばかりが騒ぐ響きには、響の灘も障りはしなかったことよ。

「川尻という所が、近づいた」と言うと、少し生き返る心地がする。例によって、舟子たちが、「唐泊から、川尻を押すほどは」と歌う声の、情けなさも、あわれに聞こえる。

豊後介が、あわれに懐かしく歌い興じて、「たいそう愛しい妻子も忘れない」と言って、思うと、「本当に、みな打ち捨ててしまった。どうなったのだろう。しっかりと身の助けと思う郎等どもは、みな連れて来てしまった。私を悪いと思って、追い惑わして、どうするのだろう」と思うと、「考えなしにも、振り返らずに、出てきてしまったなあ」

と、少し心が落ち着いて、あきれることを思い続けるうちに、心弱く泣けてしまう。「胡の地の妻子をば虚しく捨ててしまった」と誦するのを、兵部の君が聞いて、「本当に、変なことだ。長年従って来た人の心にも、急に背いて逃げ出てしまったのを、どう思うのだろう」

と、さまざまに思い続けられる。「帰る方といっても、そこという所へ行き着くべき故郷もない。知っている人と言い寄るべき頼もしい人も思い当たらない。ただ一所〔姫君〕のためのみに、多くの年月住み慣れた世界を離れて、浮かぶ波風に漂って、思い巡らす方もない。この人を、どうお世話し申し上げようとするのか」と、あきれて感じられるけれど、「どうしようもない」と言って、急いで〔川尻に〕入った。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第22冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。