ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第26帖 常夏 / 第3場面

和琴の手ほどき

あらすじ・人物・読み方

燈籠より篝火がよいと、源氏は和琴を引き寄せて掻き鳴らし、和琴の妙を語って玉鬘に習うよう勧める。謡い、想夫恋を弾き、なお弾くよう切に勧めるが、姫君は手も触れない。御琴を口実に近寄った源氏の問いかけに、玉鬘は「身にしむ風も吹き添ふかし」と応える。

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月もないころなので、燈籠に御殿油が参った。「やはり、近くて暑くるしいよ。篝火がよい」と言って、人をお召しになって、「篝火の台を一つ、こちらへ」とおっしゃる。

とお命じになって、趣のある和琴があるのを引き寄せなさって、掻き鳴らしなさると、律にたいそうよく調律されていた。音もたいそうよく鳴るので、少しお弾きになって、「このようなことはお心に入らない筋かと、月ごろ思い落としておりましたよ。秋の夜の月影の涼しいほど、たいそう奥深くはなく、虫の声に掻き鳴らし合わせたほど、身近で現代風なものの音です。仰々しい調べは、扱いがもたもたしますよ。この楽器はね、そのまま多くの遊び物の音や拍子を調え取っているのがたいそう賢いのです。和琴ははかなく見えて、際限なく仕込んであるものです。広く外国のことを知らない女性のためと思われます。どうせなら、心をとどめて他の楽器などに掻き合わせてお習いなさい。深い心といって、どれほどでもないながら、また本当に弾きこなせることは難しいのでしょうか、ただ今は、この内大臣に並ぶ人はいませんよ。ただはかない同じ菅掻きの音に、あらゆるものの音が、籠もり通って、言いようもなく響きのぼります」とお語りになる。

とお語りになると、ほのかに心得て、どうにかと思っていらっしゃることなので、ますます知りたくて、「このあたりで、しかるべきお遊びの折など、お聞きいたしましょうしょうか。つまらない田舎者などの中にも、真似る者が大勢いるということですから、一概に易しいかと思っておりました。そうか、優れたのは、様子が格別なのでしょうか」と、知りたげに、切に心に入れてお思いになっているので、

「賢いね。東と名も立ち下がったようだけれど、御前のお遊びにも、まず楽人を召すのは、ほかの国は知らず、ここではこれをものの親としているのですよ。その中でも、親とすべきお手から弾き取りなさるのは、心が格別でしょうね。ここにでも、しかるべき折にはいらっしゃるでしょうに、この琴に、手を惜しまずなど、はっきり掻き鳴らしなさることは難しいのでしょうか。物の上手は、どの道も心安くはいられないものらしい。それでも、ついにはお聞きになるだろう」と、

とて、調べを少しお弾きになる。琴の音はたいそう比類なく、今風で趣がある。「これに勝る音が出ようか」と、親の御聴きたさも添って、このことにてさえ、「どのような世に、くつろいでお弾きになるのを聞くのだろう」などと、お思いになっていた。「貫河の瀬々のやはらた」と、たいそう懐かしくお謡いになる。「親避くるつま」は、少しお笑いになりながら、何気なく掻きなさった菅掻きのほどが、言い知れず面白く聞こえる。

「さあ、お弾きなさい。才能は人には恥じないものです。『想夫恋』だけは、心のうちに思って、ごまかす人もいるでしょうが、臆面もなく、あれこれに合わせるのがよいのです」と、切にお勧めになるけれど、あのような田舎の隅で、かすかに都人と名乗っていた、古大君という女がお教えしたので、間違ったことでもあるかと遠慮して、手もお触れにならない。

「少しでもお弾きになるだろう。聞き取ることもあるか」と物足りなく思うあまりに、この御琴によって、近く膝行して寄って、「どのような風が吹き添って、こんなに響くのでしょうか」と言って、うち傾いていらっしゃる様子は、火影にたいそう美しい。お笑いになって、「耳の固くない人のためには、身にしむ風も吹き添うでしょう」と言って、押しやりなさる。たいそう気が気でない。

人々が近くにお仕えしているので、例の戯れ言も申し上げられず、

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第26冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。