ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第28帖 野分 / 第13場面

夕霧、玉鬘に文を書き、その姿を垣間見る

あらすじ・人物・読み方

夕霧は玉鬘の部屋を訪ね、女房たちに紙と硯を借りて玉鬘への文をしたため、和歌を苅萱に結んで渡させる。玉鬘が通り過ぎる際、几帳のほころびからその細く愛らしい姿を垣間見て、藤の花にたとえ思いを募らせる。

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現代語で読む

〔源氏の〕気難しい方々をあちこちお訪ねになるお供をして歩き回り、中将〔夕霧〕は、なんとなく心が晴れず、〔玉鬘に〕書きたい手紙のことなど、〔もう〕日が高くなったのを思いながら、姫君〔玉鬘〕のお部屋に参上なさった。「〔玉鬘さまは〕まだあちら〔のお部屋〕にいらっしゃいます。風におびえなさって、今朝は〔まだ〕起き上がることがおできにならなかったのです」と、〔玉鬘の〕乳母が申し上げる。

「〔昨夜は〕物騒だったので、〔私も〕宿直をしてお仕えしようと思っておりましたが、宮〔大宮〕が、たいそう気の毒にお思いになっていたものですから。雛の殿〔玉鬘〕は、どのようにしていらっしゃるでしょうか」と〔夕霧が〕お尋ねになると、〔お付きの〕人々は笑って、

「扇の風が当たるだけでも、ひどいことだとお思いになっていたのに、〔昨夜の嵐は〕危ういほど吹き荒れておりました。このお部屋のお世話をするのに、困り果てておりました」などと語る。

「仰々しくない紙はあるか。〔そちらの〕局の硯〔も貸してほしい〕」と〔夕霧が〕お頼みになると、〔女房が〕厨子に寄って、紙を一巻、硯の蓋にのせて取り下ろし、差し上げると、「いや、これは気が引ける」とおっしゃるが、北の御殿〔大宮〕の〔夕霧への〕ご寵愛を思うと、少し気楽な気持ちになって、手紙をお書きになる。

〔紙は〕紫の薄様であった。墨を心を込めて押し磨り、筆の先を見つめながら、細やかに〔筆を〕ためらいがちにお書きになっている様子は、とても見事である。しかし、妙に落ち着いて、憎らしいほど〔流暢な〕口ぶりで〔文句を〕おっしゃる〔のだった〕。「風が騒ぎ群雲が入り乱れる夕方にも、〔私が〕忘れる暇もないほど〔思い続けている〕、忘れることのできないあなた。」〔と書いて、その文を〕吹き乱れた苅萱に結びつけてお渡しになると、人々は、

「交野の少将は、〔歌に合わせて〕紙の色まで整えていらっしゃいましたのに」と申し上げる。「〔私には〕それほどの色の違いも分からなかったのか。〔これは〕どこの野辺のあたりの花〔なのか〕」

などと〔言い〕、このような人々に対しても、言葉少なく見え、心を許すようにもふるまわず、とてもまっすぐで気品がある。〔夕霧は〕さらに〔もう一通〕お書きになって、馬の助にお渡しになると、愛らしい童や、とても慣れた随身などに、ひそひそと〔耳打ちして文を〕取らせるのを、若い女房たちは、並々ならず見たがる。

〔玉鬘が〕お通りになるというので、人々はざわめき、几帳を引き直したりする。〔前に〕見た花のような顔立ちの人々とも、比べ合わせてみたいと思い、ふだんは〔のぞき見など〕興味を持たない気持ちなのに、無理に妻戸の御簾を引き着て、几帳のほころびから見ると、物のそばを、ただ這うようにお通りになる姿が、ふと見えた。

人が多く入り乱れるので、何の見分けもつかないほどで、とてももどかしい。薄い色のお召し物に、髪はまだ背丈には届かず外れた末を、引き広げたよう〔に垂らし〕て、とても細く小さいお姿は、愛らしくも気の毒である。

「一昨年あたりは、たまたまほのかにお目にかかったが、また格段に成長なさったようだな。まして〔女盛りの〕今はどんなだろう」と思う。「あの〔前に〕見た先々の人々を、桜や山吹にたとえるなら、これは藤の花と言うべきだろうか。高い木に咲きかかり、風になびいている美しさは、まさにこんなふうなのだろう」と思い比べてしまう。「このような方を、思いのままに明け暮れお目にかけていたいものだ。そうあってよい間柄でありながら、隔て隔てに区別されるのがつらい」などと思うと、真面目な心も、なんとなく浮き立って落ち着かない気持ちがする。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第28冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。