第30帖 藤袴 / 第8場面
内大臣の使者・柏木の来訪
あらすじ・人物・読み方
実の兄たちは玉鬘に近づけずにいる。内大臣の使いとして頭中将・柏木が訪れ、月の明るい夜、桂の蔭に隠れて宰相の君を介し、恨みを込めて言葉を交わす。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
頭中将(柏木)は、心を尽くして悩んでいたことは、途絶えてしまっていたのを、「急なお心だな」と、人々は面白がるけれど、〔柏木は〕殿(内大臣)のお使いとしておいでになった。それでも表に出ず、ひっそりとお手紙なども交わし合っておられたので、月の明るい夜、桂の蔭に隠れておいでになった。〔玉鬘は柏木を〕見聞きするはずもなかったのを、すっかり南の御簾の前に〔柏木を〕据え申し上げる。
自ら申し上げなさることはやはり、遠慮されるので、宰相の君を介して〔玉鬘は〕お答え申し上げなさる。
「私どもを選んでお遣わしになったのは、人づてではないお手紙なのでしょう。このように遠く離れていては、どう申し上げられましょう。私自身こそ、数にも入りませんが、絶えない縁もあるというものです。どうでしょうか、古い時代の話ですが、頼もしく思っておりました」
と言って、〔宰相の君は玉鬘を〕立派な方だと思っておられた。
「確かに、長年の積もりも加えて、申し上げたいのですが、近ごろ妙に悩ましくございますので、起き上がることなどもできずにおります。ここまでお咎めになるのも、かえってよそよそしい心地がいたします」
と、たいそう真面目な様子で〔宰相の君は〕言い出しなさった。
「悩ましくお思いでしょう御几帳のもとを、お許しいただけないのでしょうか。よしよし。確かに、申し上げるのも、気が進まなかったのです」
と言って、大臣のお手紙どもをひっそりと申し上げる用意などは、人に劣りなさらず、たいそう無難である。
「〔玉鬘が〕参内なさる際の案内役や、詳しい様子も聞けないのを、内々におっしゃるのがよいでしょう。何ごとも人目を憚って、参ることができず、申し上げられないことを、かえって気が晴れずにお思いです」
などと、語り申し上げなさるついでに、
「いやはや、大げさなことも、申し上げられませんね。どちらの方面でも、情けをお見過ごしになるはずがあったでしょうかと、ますます恨めしさも加わりますよ。まずは、今宵などのおもてなしですよ。北側のような方にお入れになって、君達こそ目障りにお思いでしょうが、下仕えのような人々とだけでも、お話ししたいものです。もうこのようなことはないでしょう。あれこれ珍しい世の中ですよ」
と、〔柏木が〕首を傾げながら、恨み続けるのも面白いので、このようにと〔宰相の君が玉鬘に〕申し上げる。
「確かに、世間の聞こえを、唐突なようかと憚っておりますうちに、長年の埋もれているつらさをも、晴らすことができないのは、たいそう中途半端なことが多くございます」
と、ただ素直に〔玉鬘が〕申し上げなさるのに、〔柏木は〕まぶしくて、万事を押し込めてしまった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第30冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。