第31帖 真木柱 / 第14場面
帝の思慕と紫の贈答
あらすじ・人物・読み方
参内の夜、大将は玉鬘を退出させようと一日中責めるが許しは出ない。兵部卿宮の歌をきっかけに冷泉帝が玉鬘のもとを訪れ、紫の歌で思いを託すと、玉鬘は慎重に返歌する。帝は名残惜しく梅の花の贈答を交わして帰り、大将は気が気でなく、口実を作って玉鬘の退出の許しを得る。
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現代語で読む
皆同じように、賜って渡す綿の様子も、匂いや香も格別に行き届かせなさって、こちらは水駅〔仮の宿〕であるけれど、雰囲気は賑やかで、人々は心づかいをして、定めのある御饗応などのことも、行っている様子は、格別に用意があって、大将殿がさせなさっていたのであった。
宿直所においでになって、一日中、〔玉鬘に〕申し上げて暮らしなさることは、
「今夜、〔玉鬘を〕退出させ申し上げてしまおう。このような機会にと、お心が移るであろう宮仕えこそ、気がかりである」
とばかり、同じことを責め申し上げなさるが、〔玉鬘からの〕お返事はない。お仕えする人々が、
「大臣〔源氏〕が、『心が慌ただしい時でもなく、稀な参内なのだから、お心ゆくまで〔お過ごしになる〕だけのこと。お許しがあってから、退出させなさい』と、申し上げさせなさっていたので、今夜は、あまりにもあっさりしすぎではないでしょうか」
と申し上げたのを、〔大将は〕たいそうつらいと思って、
「あれほど申し上げたのに、それほど心にかなわない世の中だなあ」
と嘆いておいでになった。
兵部卿宮は、御前の管弦の遊びにお仕えになって、落ち着く心もなく、この〔玉鬘の〕御局のあたりが思いやられなさるので、こらえきれず〔歌を〕申し上げなさった。大将は、官司の御曹司にいらしたのであった。「これを」と言って〔女房が歌を〕取り入れたところ、〔玉鬘は〕渋々ご覧になる。
「深山の木に羽を交わして止まっている鳥のように、他に比べようもなく妬ましい春であることよ。〔鳥の〕さえずる声も耳に留められて〔恋しいのです〕」
と〔歌に〕ある。〔玉鬘は〕気の毒に、顔を赤らめて、申し上げるすべもなく思いながらおいでになると、帝がお渡りになる。
月の明るい光の中で、〔帝の〕ご容貌は言いようもなく清らかで、ただ、あの大臣〔源氏〕のご様子に違うところなくいらっしゃる。「このような方がまたいらしたのだ」と、〔玉鬘は帝を〕拝見なさる。あの方〔兵部卿宮〕のご心ばえは浅くないけれど、かえって物思いが加わったのに、こちら〔帝〕は、どうしてそれほど〔私を〕お思いくださるだろうか。たいそう親しげに、思っていたことと違ってしまった恨みをおっしゃるので、顔を上げようもなくお思いになることよ。顔を〔扇で〕隠して、お返事も申し上げることがおできにならないので、
「妙に心もとない仕打ちだなあ。喜びなども、〔私の気持ちを〕お分かりいただきたいと思うことがあるのに、聞き入れてくださらない様子ばかりであるのは、このようなご癖であったのだなあ」
とおっしゃって、
「どうしてこんなに、得がたい紫の色を心に深く思い染めてしまったのだろう。〔この思いは〕濃くなりきることはないのだろうか」
とおっしゃる様子は、たいそう若々しく清らかで恥ずかしいほどなのを、「〔私の思いと〕違うところがあるだろうか」と思い慰めて、〔玉鬘は帝に歌を〕申し上げなさる。宮仕えの苦労もなくて、今年、位が進んだお心からだろうか。
「どのような色になるかも知らない紫を、人は心を込めてこそ染めるものなのです。今からこそ〔私の心を〕お思い知りください」
と申し上げなさると、〔帝は〕微笑んで、
「その、今からお染めになることこそ、甲斐のないことでしょう。嘆くべき人がいるなら、その理由を聞きたいものです」
と、ひどくお恨みになるご様子が、真面目で厄介なので、「たいそう困ったことだ」と〔玉鬘は〕思って、「趣深い様子もお見せ申し上げまい、厄介な世の習いなのだ」と思うと、〔玉鬘が〕真面目にしてお仕えになるので、〔帝は〕お思いのままの乱れたこともお口に出しなさることができず、「だんだんとこそ目に馴れるだろう」とお思いになった。
大将は、〔帝が〕このようにお渡りになったのを聞いて、ますます落ち着く心がないので、急いで取り乱しなさる。自分でも、「ふさわしくないことも起こりかねない身であった」と心配で、のんびりしていることができず、〔玉鬘を〕退出させなさるべき体裁を、もっともらしい口実どもを作り出して、父の大臣などを、うまく計らいなさって、お暇が許されたのであった。
「それならば〔退出を許そう〕。懲りて、もう〔宮仕えに〕出仕させない人もいるかもしれない。たいそう〔大将は〕手強いことだ。人より先に進んでいた〔私の玉鬘への〕志が、人に後れを取って、様子を見て従うとはね。昔の何某の例も、引き合いに出したくなる気持ちがするよ」
と言って、本当にたいそう残念にお思いになっていた。
〔噂を〕お聞きになっただけでも、格段に近しく優れているのを、初めからそのようなお心がなかったとしても、ご覧になって見過ごすはずがないのに、ましてたいそう妬ましく、飽きることなくお思いになる。
しかし、ひたすら浅い方へと、〔玉鬘に〕疎んじられまいとして、たいそう心深い様子でおっしゃり約束して、〔玉鬘を〕懐けなさるのも、恐れ多く、「私は、私である、と思うものを」と〔玉鬘は〕お思いになる。
御輦車を寄せて、こちら、あちらの、お世話する人々が心配し、大将も、たいそう厄介そうに付き添い、騒ぎなさるまで、〔帝は玉鬘のそばを〕離れることがおできにならない。
「このように厳しい近くの守りこそ厄介なものだ」
と〔帝は大将を〕憎らしくお思いになる。
「宮中の九重に霞が隔てれば、梅の花は香りだけでも届かないというのでしょうか。
格別なことのない歌であるけれども、〔帝の〕ご様子や、雰囲気を拝見するほどは、趣深くもあったのだろう。
「野を懐かしみ、明かし続けるべき夜を、惜しむはずの人も、我が身を罪として心苦しいのです。どうして申し上げられましょうか」
とお思い悩むのも、「たいそう恐れ多い」と、〔大将は〕拝見する。
「香りだけは風に乗せてお届けしましょう、花の枝に立ち並ぶほどの香りがなくとも。
さすがに〔帝と玉鬘が〕全く離れていない雰囲気を、しみじみとお思いになりながら、振り返りがちにお渡りになった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第31冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。