第31帖 真木柱 / 第3場面
昼の訪問と渡り川の贈答歌
あらすじ・人物・読み方
鬚黒の大将が昼に玉鬘を訪ねると、玉鬘は悩ましげに萎れていたが、やがて打ち解けた物語となり、大将は渡り川の歌を詠みかける。玉鬘は三瀬川の歌で消え入りたい思いを返すが、大将はほほ笑んで取りなし、尚侍としての参内のことをこまかに話し合う。大将は玉鬘を自邸へ迎える支度を急ぎ、北の方や子どもたちへの配慮も目に入らなくなるほど玉鬘に心を移している。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
大将が〔ふだんは〕いらっしゃらない昼頃に〔玉鬘のもとへ〕お渡りになった。女君〔玉鬘〕は、妙に悩ましそうにばかり振る舞いなさって、しゃんとしている時もなく萎れていらっしゃるのを、このようにお渡りになったので、少し起き上がりなさって、御几帳にすっかり隠れていらっしゃる。
殿〔源氏〕も、心遣いも格別に、少しよそよそしい様子で振る舞いなさって、大方のことなどを申し上げなさる。しゃんとした世間並みの人に比べると、まして言いようもないご気配やお姿をお見知りになるにつけても、思いがけない〔境遇になった〕身の上の、置き場のない恥ずかしさにも、涙がこぼれるのであった。
次第に、細やかなお話になって、近くの御脇息に寄りかかって、少し覗きながら、〔大将は〕申し上げなさる。たいそう美しくお顔が痩せていらっしゃる様子が、見たく思われ、愛らしさが添っていらっしゃるにつけても、「よそに見放すのも、あまりな心の乱れだなあ」と〔大将は〕残念に思う。
川辺に降り立って水を汲んではみなかったけれど、この渡り川を、人の踏む瀬とはそもそも契らなかったのに。思いがけないことではありませんか」と言って、鼻をかみなさる気配が、親しみ深くしみじみとしている。
女〔玉鬘〕は顔を隠して、
三瀬川を渡らないうちに、どうにかして涙の澪の泡として消えてしまいたい。
「幼いお心の消え場所ですね。それにしても、あの瀬には避ける道がないのに、お手の先だけでも、引き上げてお助け申し上げましょうか」と、ほほ笑みなさって、
「真実のところは、お分かりになっていることもあるでしょう。世にないほどの愚かさも、また頼もしさも、この世に比べるものがないほどであることを、そうは言っても〔分かってくださるだろう〕と、頼もしく思います」
と申し上げなさるのを、たいそうどうにもならず、聞くのがつらいと〔玉鬘が〕お思いになっているので、〔大将は〕気の毒に思って、お言葉を紛らわせつつ、
「帝がおっしゃることが気の毒なのですが、やはり、〔玉鬘を〕仮の形で参内させ申し上げましょう。自分のものとして治め終えてしまえば、そのようなお交わりも難しそうな世の中のようです。思い始めて申し上げた心とは違う様子なのですが、二条の大臣〔源氏〕は、ご満足なさっているのですから、安心です」
などと、細かに申し上げなさる。しみじみとも恥ずかしくもお聞きになることが多いけれど、〔玉鬘は〕ただ涙にまつわられていらっしゃる。このようにたいそうお思いになっている様子が心苦しいので、思いのままに乱れなさらず、ただ、あるべき様子として、お心遣いを教え申し上げなさる。あちら〔自邸〕へお渡りになることを、すぐにはお許し申し上げそうにないご様子である。
〔玉鬘が〕内裏へ参内なさることを、穏やかでないことに大将はお思いになるが、そのついでだろうか、〔玉鬘を〕退出させ申し上げようというお心がつきなさって、ただ仮の間のことだけをお許し申し上げなさる。このように忍び隠れていらっしゃるご振る舞いも、慣れていらっしゃらない心地で苦しいので、自分の邸の内を修理し設えて、長年荒らして埋もれさせ、放っておかれた御設備や、万事の儀式を改めて急ぎなさる。
北の方がお思い嘆きになるだろうお心もお分かりにならず、可愛がりなさった子どもたちをも、目にも留めなさらず、柔らかで情け深い心が混じった人こそが、あちらこちらにつけても、人のため恥ずかしくなりそうなことを、推し量って思うところもあったけれど、ひたすら〔玉鬘へ〕傾いてすくんでいらっしゃるお心で、人のお心が動きそうなことが多かった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第31冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。