第44帖 竹河 / 第15場面
踏歌の夜
あらすじ・人物・読み方
男踏歌の夜、薫は冷泉院で御息所と言葉を交わし、「竹河のその夜」の歌を贈答する。箏・琵琶の調べに昔が偲ばれる。
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現代語で読む
その年が改まって、男踏歌が行われた。殿上の若者たちの中に、管弦の上手が多い頃である。その中でも、優れた者をお選びになって、この四位の侍従〔薫〕が、右の歌頭である。あの蔵人少将は、楽人の数の中にいたのだった。
十四日の月が華やかに曇りなく〔輝く〕夜に、〔踏歌の一行は〕御前から出て、冷泉院へ参る。女御も、この御息所も、上〔の御殿〕に御局を構えてご覧になる。上達部や親王たちが、引き連れて参りなさる。
「右の大殿〔夕霧〕と致仕の大殿の御一族を除いて、華やかで清らかな人はいない世の中だ」と見える。内裏の御前よりも、この院をとても畏れ多く、格別にお思い申し上げて、「皆人が心を用いる中でも、蔵人少将は、〔御息所が〕ご覧になっているだろうか」と思いやって、落ち着く心もない。
香りもなく見苦しい綿花も、挿す人の人柄によって見分けられて、様子も声も、とても見事であった。「竹河」を謡って、御階のもとに踏み寄る時、過ぎた夜の儚かった管弦の遊びも思い出されたので、間違いもしでかしそうになって涙ぐんだのだった。
后の宮の御方へ参ると、上〔冷泉院〕もそちらへお渡りになってご覧になる。月は、夜が深くなるにつれて、昼よりもみっともなく澄み上って、〔御息所が〕どうご覧になるだろうかとばかり思われるので、〔少将は〕踏む空もなく漂い歩いて、盃も、特に一人だけを咎められるのは、面目ないことだ。
一晩中、あちこちを掻き歩いて、とても悩ましく苦しくて臥していたところ、源侍従〔薫〕を、院からお召しになったので、「ああ、苦しい。しばらく休むべきなのに」と不機嫌になりながら参りなさった。〔院は〕御前の事どもなどを問わせなさる。
「歌頭は、度を過ごした人が先々でするような業を、選ばれたほどに、憎らしいほど〔見事〕だった」
と言って、〔院は薫を〕愛らしくお思いの様子である。「万春楽」を御口ずさみになさりながら、御息所の御方へお渡りになるので、〔薫は〕御供に参りなさる。物見に参った里の人が多くて、例よりは華やかに、様子も今風である。
〔院は〕渡殿の戸口にしばらく座って、声を聞き知った人に、物などをおっしゃる。
「一夜の月影は、みっともない事でしたね。蔵人少将の、月の光に輝いていた様子も、桂の影に恥じるほどではなかったでしょうか。雲の上〔宮中〕の近くでは、それほどには見えませんでした」
などとお語りになると、人々の中にはしみじみとして、聞く者もある。
「闇はわけもないけれど、月の映えは、今もう少し心が違う、とお決め申し上げた」などと〔中の人が〕はぐらかして、内から、
竹河のあの夜の事を思い出しますか。ひそかに偲ぶほどの節〔思い出〕はないけれど。
と言う。儚い事だけれど、涙ぐまれるのも、「本当に、とても浅くは思われない事だったのだ」と、〔薫は〕自ら思い知らされる。
流れてゆく先の頼みも虚しい竹河で、世は憂いものだと思い知りました。
しみじみとした様子を、人々は趣があると面白がる。そうはいっても、〔薫は〕降り立って人のようにお詫びなさらなかったけれど、人柄がやはり心苦しく見えるのである。
「口に出して言い過ごすこともあるでしょう。ああ、恐れ多い」と言って、〔院が〕お立ちになる時に、「こちらへ」と〔薫を〕召し出すので、みっともない心地がするけれど、参りなさる。
「故六条院〔源氏〕が、踏歌の朝に、女楽でお遊びになったのが、とても面白かったと、右の大臣〔夕霧〕が語っていらした。何事も、あの辺りの後継ぎとなるべき人が、難しくなってしまった世の中ですね。とても芸の上手な女まで大勢集まって、どんなに儚い事も、趣があったことでしょう」
などとお思いやりになって、御琴どもを調律させなさって、箏は御息所に、琵琶は侍従〔薫〕にお与えになる。〔院ご自身は〕和琴をお弾きになって、「この殿」などを合奏なさる。御息所の御琴の音に、まだ未熟なところがあったのを、〔院は〕とてもよくお教え申し上げなさったのだった。〔御息所は〕今風で爪音もよく、歌や曲のものなどを、上手にたいそうよくお弾きになる。何事も、心もとなく、劣ったことはなさらない人であるらしい。
御容貌もまた、とても美しいはずだと、〔薫は〕なお心が留まる。このような折は多いけれど、自然とよそよそしくもなく、乱れなさる方もなく、馴れ馴れしく恨み言をかけることもないけれど、折々に触れて、思う心の行き違う嘆かしさをほのめかすのを、〔院は〕どうお思いだったのだろうか、知らないことだ。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第44冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。