ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第45帖 橋姫 / 第11場面

垣間見

あらすじ・人物・読み方

宿直人に宮の不在を告げられた薫は、帰るに忍びず、宿直人の案内で透垣の戸から内を覗く。月の光に浮かぶ姫君たちの姿、琵琶と琴をめぐる他愛ない言い交わしに、薫の心は強く動かされる。やがて人の気配に姫君たちは簾を下ろして隠れる。

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しばらく聞いていたいと思うのに、身を忍ばせておられても、ご気配がはっきり聞きつけられて、宿直人のような男が、少し堅苦しい様子で、出て来た。「これこれの事情で(宮は)籠もっておられます。ご用向きをお伝え申し上げましょう」と言う。「いや。そうした限りのあるご勤行の最中を、紛らわしくお取り次ぎ申し上げるのは具合が悪い。このように濡れながら参上して、むなしく帰ることになる悲しみを、姫君の御方にお伝えして、気の毒だとおっしゃっていただければ、慰められるでしょう」とおっしゃると、醜い顔が笑って、「お伝えしましょう」と言って立つのを、

「しばらく」と呼び寄せて、「長年、人伝にばかり聞いて、聞きたいと思っていた御琴の音を、嬉しい折だなあ。しばらく、少し身を隠して聞ける物陰はあるか。不都合に近づきすぎて参るほどに、皆が琴をお止めになっては、たいそう本意ないことだろう」とおっしゃる。ご気配やご容貌が、そういう素直な心地にも、たいそう見事で恐れ多く感じられるので、

「人聞きのない時は、明け暮れこのようにお弾き遊ばしますが、下人でも、都の方から来て、立ち交じる人がいる時は、音もお立てになりません。大方、このように女君たちがおられることをお隠しになって、世の人々にお知らせ申し上げまいと、お思いになりおっしゃっているのです」と言うと、薫は微笑んで、「つまらないお隠し事だ。そうお忍びになっていても、世の人々は、稀有な世の例として、聞き出すに違いないのに」とおっしゃって、「やはり、案内してくれ。私は、好き好きしい心など、ない人間だ。このようにおられるご様子が、不思議に、実に、並々には感じられないのだ」と細やかにおっしゃると、「ああ、恐れ多い。無情なように、後の評判になりましょうか」と言って、向こうのお部屋は、竹の透垣を巡らして、皆隔てが別になっているのを、教えてお連れ申し上げた。御供の人は、西の廊に呼んで座らせて、この宿直人がお相手をする。

向こうに通じるらしい透垣の戸を、少し押し開けてご覧になると、月が趣深いほどに霧が一面に立ち込めているのを眺めて、簾を短く巻き上げて、人々が座っていた。簀子に、たいそう寒そうに、体細くよれた童女が一人、同じ様子の大人などが座っていた。内側の人一人が、柱に少し身を隠して、琵琶を前に置いて、撥を手まさぐりにしながら座っているところに、雲に隠れていた月が、急にたいそう明るく差し出たので、

「扇でなくて、これ(撥)でも、月は招くことができそうだ」と言って、のぞき込んだ顔は、たいそう愛らしく匂いやかであるに違いない。添い臥している人が、琴の上に傾きかかって、「沈む日を呼び返す撥というものがあるのですね。変わったことまで思い及びなさるお心ですね」と言って、微笑んだ様子は、もう少し重々しく奥ゆかしい。「及びませんでも、これ(琴)も月に離れられるものでしょうか」など、たわいないことを、打ち解けて言い交わしておられる様子は、まったくよそから思いやっていたのとは似ず、たいそう心引かれ懐かしく趣深い。

「昔物語などに語り伝えて、若い女房などの読むのを聞くと、必ずこのようなことを言っているが、それほどではなかったろう」と、憎らしく推し量られていたのが、「実に、心打たれる物陰がありうる世の中だったのだ」と、心が移ってしまうに違いない。霧が深いので、はっきりと見えそうにもない。また、月が差し出るだろうと思っていられるうちに、奥の方から、「人がおられます」と告げ申し上げる人がいたのだろうか、簾を下ろして皆入ってしまった。驚いた様子ではなく、穏やかに対応して、そっと隠れてしまった様子は、衣の音もせず、たいそうなよやかで心苦しいほどで、たいそう上品で雅やかなのを、しみじみとお思いになる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第45冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。