第45帖 橋姫 / 第13場面
老い人のほのめかし
あらすじ・人物・読み方
老女は、亡き権大納言(柏木)の乳母の娘・弁の素性をほのめかし、柏木が今はの際に言い残した秘密の一端を、今はまだ語りきれぬと泣く。薫は残りを聞く約束をして帰りを急ぐ。霧の中に佇む薫の独詠に、大君のほのかな返しが届く。
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現代語で読む
「出しゃばった罪になるかと、思い堪えてきましたが、心打たれる昔のお話を、どういう機会にお話し申し上げ、片端でもほのめかしてお知らせしようかと、長年、念誦のついでにも、交え考え続けてきた験でしょうか、嬉しい折でございますのに、まだ早いうちから溢れる涙に暮れて、申し上げることができません」と、震える様子は、本当にたいそうもの悲しく感じられた。
大方、年を取った人は涙もろいものだとは見聞きしておられたが、これほどにまで思い入っているのも不思議にお思いになって、「ここへ、このように参ることは、度重なっているのに、このように事情を知っておられる人もいなくてこそ、露の多い道のりを、一人だけ濡れてきたのです。嬉しい機会のようなのに、言葉を残さないでください」とおっしゃると、
「このような機会も、ございませんでしょう。また、ございましても、夜の間のほども知れない命は、頼むに足りません。それでは、ただ、このような古者が、世におりましたとだけ、お知り置きくださいましょう。三条の宮におりました小侍従が、儚くなってしまったと、ほのかに聞いておりました。その頃、親しく思われていた同じ年頃の人が、多くお亡くなりになった世の末に、遠い世界から伝わって参りまして、この五、六年ほど、ここにこのようにお仕えしております。
お知りにはならないでしょう。この頃、藤大納言と申すご兄君が、右衛門督でお隠れになったことは、物事のついでなどに、あの方のご身の上として、お聞き及びになることもございましょう。お亡くなりになって、それほど時も隔たっていない心地ばかりがいたします。その折の悲しさも、まだ袖の乾く折がなく思い続けられますのに、このようにおとなしくおなりになったご年齢のほども、夢のようでございます。
あの権大納言のご乳母でございましたのは、弁の母でございました。朝夕にお仕え申し馴れておりましたのに、人並みでもない身ではありますが、人に知らせず、お心に余るほどのことを、折々ほのかにおっしゃっていたのを、今は限りにおなりになったご病気の末の頃に、召し寄せて、少しお言い残しになったことがございましたのを、お聞きになるべき由緒が、一つございますけれど、これほど申し上げてしまいましたからには、残りをとお思いになるお心がおありなら、ゆっくりと、お聞き届けになるべきでしょう。若い人々も、そばで見ていて辛く、出しゃばりすぎだと、身を引いておりますのも、もっともなことです」と言って、さすがにそれ以上は言い出さずに終わった。
不思議に、夢語りや巫女のような者の、問わず語りをしているように、珍しくお思いになるけれど、心打たれるように覚束なく思い続けてこられた事の筋をお話しするので、たいそう奥ゆかしいけれど、実に、人目も多いし、二人きりで古物語に付き合って、夜を明かし尽くすのも、堅苦しかるべきなので、「これといって思い分けることは、ないものですが、昔のこととしてお聞きするのも、しみじみとします。それでは、必ずこの残りを聞かせてください。霧が晴れていけば、きまり悪いはずのやつれた姿を、面目なくご覧になって咎められそうな様子ですから、思い申し上げる心のほどよりは、残念なことです」と言って、お立ちになると、あの宮のおられる寺の鐘の声が、かすかに聞こえて、霧はたいそう深く立ち込めていた。
峰の八重雲に、思いやる隔ての多さを、しみじみと感じるのに、やはり、この姫君たちのお心の内が心苦しく、「何事をお思い残しなのだろう。このように、たいそう奥まっておられるのも、もっともなことだ」などと感じられる。
夜明け方、家路も見えないまま尋ねて来た槙の尾山は、霧が籠めてしまったことだ。心細くもございます」と、立ち返って佇んでおられる様子を、都の人の見慣れた目でも、やはり、たいそう特別に思い申し上げるのに、まして、(姫君たちには)どれほど珍しくお見えになることだろう。
ご返事を申し上げ伝えるのが難しそうにお思いになっていたので、いつものように、たいそう控えめな様子で、
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第45冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。