ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第45帖 橋姫 / 第7場面

冷泉院の御前での奏上

あらすじ・人物・読み方

阿闍梨は冷泉院にも親しく仕えていた。宮中に出たついでに八の宮の深い悟りを奏上すると、院は姫君たちの行く末を気遣われる。その場に仕えていた宰相中将(薫)は、自分の道心の浅さを思い知らされ、俗の身のままで聖のような心を持つ宮の在り方に、強く耳をとどめる。

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現代語で読む

この阿闍梨は、冷泉院にも親しくお仕えして、御経などを教え申し上げる人であった。京に出たついでに参上して、いつものように、しかるべき文などを院が御覧になり、お尋ねになることもあるついでに、「八の宮は、たいそう賢く、仏教の学才と悟りが深くていらっしゃることだ。そうなるべき宿命でお生まれになった方でいらっしゃるのだろうか。深く思い澄ましておられる様子は、本当の聖の在り方に見えます」と申し上げる。

「まだ容姿は変えておられないのか。俗聖とか、この若い人々(薫など)が名付けたそうだが、しみじみとしたことだ」などと院はおっしゃる。

宰相中将(薫)も院の御前に伺候していて、「自分こそは、世の中をたいそうつまらなく思い知りながら、勤行などは、人に目をとめられるほどには勤めず、残念なまま過ごしてきた」と、人知れず思いながら、「俗の身のままで聖におなりになる心の在り方はどういうものだろう」と、耳をとどめてお聞きになる。

「出家のお志は、もとからおありだったのが、たわいないことに思いが滞って、今となっては、心苦しい娘たちのご身の上を、思い捨てられないと、嘆いておられます」と阿闍梨は奏上する。

さすがに楽器の音を愛でる阿闍梨で、「実にまた、この姫君たちが、琴を弾き合わせて遊んでおられるのが、川波に競うように聞こえますのは、たいそう趣深く、極楽が思いやられます」と、古風に感嘆すると、帝は微笑まれて、「そのような聖のそばで育って、この世の方面は、たどたどしいだろうと推し量られるのが、面白いことだ。心配で、思い捨てがたく、ご苦労なさっているのだろうが、もし、しばらくでも(宮が姫たちより)後れるようなことがあれば、(誰かに)お譲りになるのではないか」などとおっしゃる。この院の帝は、十番目の御子でおられた。朱雀院が、故六条院(源氏)にお預け申し上げた、入道宮(女三の宮)の前例をお思い出しになって、「あの君たちがほしいものだ。所在ない時の遊び相手に」などとお思いになった。

中将の君(薫)は、かえって、親王の思い澄ましておられるであろうお心ばえを、「対面して、お目にかかりたいものだ」と思う心が深くなった。そして阿闍梨がお帰りになる際にも、「必ず参上して、教えを受けたく思います。まず内々にでも、ご様子をお知らせください」などと語り合われる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第45冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。