第46帖 椎本 / 第10場面
弁の君の身の上
あらすじ・人物・読み方
古人は大納言の乳母子で左中弁の子、姫君たちの後見役であった。その問はず語りを聞き、薫は帰りを惜しむ。
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現代語で読む
〔薫は弁の君を〕引き止めるほどの間柄でもないので、〔話が〕尽きず名残惜しく思われる。老いた〔弁の君〕は、この上ない〔宇治の宮家の〕代わりの語り手として現れて、昔と今のことをかき集め、悲しいお話を〔薫に〕申し上げる。〔弁の君は〕珍しく驚くべきことも見てきた人なので、〔薫は〕このように不思議に衰えた人だと見捨てることができず、とても親しげに語らいなさる。
「幼かった頃に、故院〔源氏〕に先立たれ申し上げて、とても悲しいものはこの世であるのだと、思い知りましたので、成長していく年月に伴って、官位や世間の栄華も、何とも思われなくなったのです。
ただ、このように静かなお住まいなどが、〔八の宮の〕お心にかなっていらしたのを、このようにはかなくお亡くなりになったことにしてしまったので、ますますひどく、仮初めの世の無常を思い知らされる心も催されてしまったのですが、心苦しくて、残っていらっしゃるお方々〔大君・中の君〕の妨げなどを申し上げるのは、おこがましいようですが、長生きしても、あの〔八の宮の〕お言葉を違えず、申し上げ伺いたい気持ちからなのです。
それにしても、思いがけない昔のお話を聞いたことから、ますますこの世に跡を残そうとも思えなくなってしまったのですよ」
〔薫が〕泣きながらおっしゃると、この人〔弁の君〕はなおさらひどく泣いて、申し上げることもできない。〔薫の〕ご様子などが、まるでその人〔八の宮〕かと思われるので、長年忘れていた昔のご事まで重ねて思い出し、申し上げるすべもなく、〔涙に〕むせんでいた。
この人〔弁の君〕は、あの大納言のご乳母子で、父は、この姫君たちの母である北の方が、母方の叔父で、左中弁で亡くなった人の子であった。長年、遠い国をさまよい、母君もお亡くなりになった後、あの殿〔大納言〕とは疎遠になり、この宮〔八の宮〕には、探し出してお仕えさせていらしたのであった。人柄もとても高貴でなくはないが、宮仕えに慣れていたけれども、物足りない者として宮もお思いになって、姫君たちの後見のような人にお定めになったのであった。
昔のご事は、長年このように朝夕お見申し上げて慣れ、心の隔ての隈なくお思い申し上げる君たち〔姫君たち〕にも、一言口に出して申し上げる機会がなく、秘め込んでいたけれども、中納言の君〔薫〕は、「老人の問わず語りは、皆、例のことだから、一概に軽々しいなどと言い広めなくても、とても恥ずかしがり屋らしいお心〔の姫君たち〕には、聞き置きなさっただろう」と推し量られるのが、残念でも気の毒でも思われるので、「二度と離れてはやめまい」と、思い寄られるきっかけともなるべきであった。
今は旅寝もそぞろな心地がして、お帰りになる際にも、「これが最後か」とおっしゃったのを、「どうして、それほどまでかと頼みにして、再びお見申し上げられなくなってしまったのだろう、秋が変わったわけでもないのに。多くの日数が隔たったわけでもないのに、〔宮が〕いらっしゃった方も分からず、はかないことであるよ。特に例の人のようなお仕度もなく、とても質素にしていらっしゃるようだったけれども、とても清らかに掃き清め、辺りを風情あるように整えていらしたお住まいも、大徳たちが出入りし、あちこち仕切りつつ、お念誦の道具などは、変わらない様子だけれども、『仏は皆あの寺にお移し申し上げるつもりだ』」と申し上げるのを、お聞きになるにつけても、このような様子の人影などまで絶えてしまうほど、残ってお思いになる〔姫君たちの〕お気持ちを汲み取り申し上げるのも、とても胸が痛く思い続けられる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第46冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。