第46帖 椎本 / 第9場面
御忌明けの訪問
あらすじ・人物・読み方
御忌が明けて薫が訪れ、大君と几帳越しに語り合う。薫の「色変はる浅茅」の独詠に、中の君が返歌を言いさして消える。
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現代語で読む
中納言殿〔薫〕へのお返事だけは、あの方〔兵部卿宮〕へよりも真摯な様子で申し上げなさるので、こちらからも、とてもよそよそしくなく文通しなさる。喪が明けても、〔薫は〕自ら参上なさった。東の廂の垂れ下がった方に〔大君が〕身をやつしていらっしゃる所に、近く立ち寄りなさって、古人〔老女〕を呼び出された。
闇に惑っていらっしゃる〔大君の〕おそばに、とてもまばゆく香りが満ちて〔薫が〕入っていらっしゃったので、傍らにいるのが辛くて、お返事などをさえなさることができないので、「このようには、お振る舞いにならず、昔の〔父宮の〕お心向けに従い申し上げる様子でいらっしゃるならこそ、申し上げ伺う甲斐があるでしょう。優美に気取った振る舞いを習っておりませんので、人伝てに申し上げるのは、言葉も続きません」と言うと、
「情けないことに、今まで生き長らえておりますようですが、思いを冷ます術もない夢にたどられておりまして、望みもせず空の光を見るのも遠慮されて、端近くへも身動きできません」と申し上げなさると、
「言葉にすれば、限りないお心の深さです。月日の光は、〔大君の〕お心で晴れやかにお振る舞いになってこそ、〔私の〕罪もありましょう。行き場もなく、鬱々と感じております。またお思いになることは、しばらくの間でさえも、はっきり申し上げとうございます」と〔薫が〕申し上げなさると、
「本当に、そのとおりです。とても比類なく見えるご様子を、慰め申し上げるお心遣いの浅くないほど」などと、〔古人が〕申し上げてお知らせする。
〔大君の〕お心にも、そうは言っても、次第に心が静まって、万事お分かりになるので、昔風であっても、こうまで遠い野辺を分け入って来られた〔薫の〕志なども、お分かりになるはずで、少し膝行して寄りなさった。
〔薫が大君の心中を〕お察しになる様子や、またおっしゃって約束したことなどを、とても細やかに懐かしく語って、嫌に雄々しい様子などはお見せにならない方であるので、よそよそしく落ち着かないなどということはないけれど、知らない人にこうして声を聞かせ申し上げ、むやみに頼りにするような顔をしたこともあった日々を思い続けるのも、さすがに苦しくて、遠慮されるけれど、ほのかに一言などお返事申し上げる様子が、本当に、万事思いぼけていらっしゃる様子であるので、とてもしみじみとお聞き申し上げなさる。
黒い几帳の透き影が、とても痛ましそうである上に、まして〔大君ご自身が〕いらっしゃる様子は、ほのかに見た明け方の薄明りなどが思い出されて、
色の変わる浅茅を見ても、墨染に身をやつす袖を思いやってほしい。
と、独り言のようにおっしゃると、
色の変わる袖を露の宿りとして、わが身はさらに置き所がない。
「ほつれる糸は」
と最後は言い消して、とても激しく堪えがたい様子でお入りになったのである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第46冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。