第46帖 椎本 / 第12場面
雪の夜の姉妹の歌
あらすじ・人物・読み方
人目の絶えた宇治で年が暮れ、阿闍梨から炭が届く。姉妹は亡き宮を偲んで雪の歌を交わす。
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現代語で読む
雪や霰が降りしきる頃は、どこもこのような風の音であるけれども、今初めて思い入った山住みの心地がなさる。女房たちなどは、
「ああ、年は替わろうとしている。心細く悲しいことを。改まるはずの春を待ち出したいものだ」
と、心を消さずに言う者もいる。「難しいことだな」と〔姫君たちは〕お聞きになる。
向かいの山にも、時々のご念仏にお籠もりになったゆえに、人も参り通っていたが、阿闍梨も、どうだろうと、大方まれにお訪ね申し上げるけれども、今は何のためにほのめいて参るだろうか。
ますます人目が絶えてしまうのも、そうなるべきことと思いながら、とても悲しい。何とも見なかった山の賤しい者も、〔宮が〕いらっしゃらなくなった後、たまに覗きに参るのは、珍しく思われる。この頃のこととして、薪や木の実を拾って参る山人たちがいる。
阿闍梨の室から、炭などといったものを差し上げると言って、
「長年慣れてまいりました宮仕えが、今になって絶えてしまうのが、心細さゆえです」
と申し上げた。必ず冬籠もりする山風を防ぐべき綿衣などを遣わしたのを、思い出しておやりになる。法師たちや、童などが上っていくのも、見えたり見えなかったりしながら、とても雪深いのを、泣く泣く立ち出てお見送りになる。
「お髪などをお下ろしになっていたら、その方面でいらっしゃったならば、このように通って参る人も、自然と多かっただろうに」
「どれほど哀れに心細くても、お互いにお会い申し上げることが絶えてしまうだろうか」
などと、語らいなさる。
あなたがいなくなって岩の懸け道が絶えてから、松の雪をも何と見ればよいのか。
中の宮〔中の君〕は、
奥山の松葉に積もる雪とでも、消えてしまった人〔八の宮〕を思うことができたならば。
羨ましくも、また雪が降り添うことよ。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第46冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。