第46帖 椎本 / 第2場面
宇治の宮邸の贈答
あらすじ・人物・読み方
八の宮から文と歌が届き、兵部卿宮が返歌する。薫らが宮邸を訪れて管弦に興じ、薫は花の枝に歌を添えて贈り、中の君の代筆による返歌が届く。
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現代語で読む
宰相〔薫〕は、「このような機会を逃さず、あの宮〔八の宮〕のもとへ参上したい」とお思いだが、「大勢の人の目を避けて、一人で漕ぎ出していらっしゃる舟渡しの様子も軽々しいだろうか」と思いためらっていらっしゃるうちに、あちら〔八の宮〕からお手紙があった。
山風に霞を吹き解く音は聞こえてくるけれど、隔てて見えるのは遠くの白波ばかりです。
草書でたいそう見事にお書きになっている。宮〔兵部卿宮〕が、「〔八の宮が〕お思いになっているあたりの〔歌だ〕」とご覧になると、たいそう趣深くお思いになって、「このお返事は私がしよう」とおっしゃって、
遠くとこちらの汀の間に波が隔てていても、やはり吹き通っておいでください、宇治の川風よ。
中将〔薫〕は〔八の宮のもとへ〕参上なさる。遊びに熱心な君たちを誘って、〔舟を〕差し向けていらっしゃるうち、宴もたけなわに楽しく遊んで、水に臨んだ廊に作り下ろした階段の趣向など、そうした方面にたいそう趣深く、由緒ある宮なので、人々は気をつけて舟からお降りになる。
こちら〔八の宮邸〕はまた、様子が違って、山里めいた網代屏風などが、わざわざ簡素にして、見所のあるご設えを、それ相応に心を配って掃き清め、たいそう丁寧に整えていらっしゃる。昔からの、音色などたいそう比類ない名器の数々を、わざわざ用意した様子ではなく、次々に弾き出していらして、壱越調の調べで、桜の下の人々がお遊びになる。
主人の宮〔八の宮〕に、御琴をこのような機会にと、人々はお思い申し上げるけれど、箏の琴だけを、心にも留めず、折々に掻き合わせなさる。耳慣れない調べだからだろうか、「たいそう奥深く面白い」と、若い人々はしみじみ感じ入っている。
場所にふさわしい饗応を、たいそう見事になさって、よそから想像していたほどよりは、少し孫王めいた身分の低くない人が大勢、大君、四位の年配の者など、こうして人目に触れるべき機会だと、前々から気の毒にお思い申し上げていたためだろうか、ふさわしい人々が皆参上して、瓶子を取る人も見苦しくなく、そうした方面に古風で、立派にもてなしていらっしゃる。客人たちは、お嬢様方〔大君・中の君〕がお住まいになっているご様子を想像しながら、心惹かれる人もいることだろう。
あの宮〔兵部卿宮〕は、まして気安い間柄でもないご身分でありながらさえ、窮屈にお感じになるのを、このような機会にだけでもと、堪えかねていらして、美しい花の枝を折らせなさって、お供に仕える上童の可愛らしいのに持たせて〔姫君たちへ〕差し上げなさる。
山桜の匂うあたりを尋ねて来て、同じ挿頭の花を折ったことだなあ。
野を親しく思うゆえに〔という、兵部卿宮の歌の末句である〕」
とあったのだろうか。「お返事は、どうすればよいか」などと、申し上げにくくお思い悩む。
「このような機会のことを、わざとらしく振る舞って、時間が経つことも、かえって憎らしいことになるのでございます」
などと、古参の女房たちが申し上げるので、〔八の宮は〕中の君にお書き申し上げさせる。
挿頭に折る花のついでに、山賤の垣根を過ぎることもしなかった春の旅人よ。
野を分けてまでも〔という、中の君の返歌の末句である〕」
と、たいそう趣深く、巧みに流れるようにお書きになっている。
なるほど、川風も心を分からない様子に吹き通う楽器の音の数々が、面白くお遊びになる。お迎えに、藤大納言が、〔帝の〕仰せ言によって参上なさった。人々が大勢参上して集まり、騒がしく勢い込んでお帰りになる。若い人々は、飽き足りず振り返ってばかり見せられた。宮〔兵部卿宮〕は、「またふさわしい機会があったら」とお思いになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第46冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。