第46帖 椎本 / 第4場面
宮の遺言と昔語り
あらすじ・人物・読み方
七月、薫が久しぶりに宇治を訪れると、八の宮は死後の姫君たちの後見を託す。夜更けに宮は宮中の昔を語って女の身の上を説き、薫は箏の琴の音を切に所望する。
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現代語で読む
〔薫は〕宇治へ参上してから久しくなっていたのを、思い出して〔八の宮を〕訪ねて来られた。〔季節は〕七月頃になっていた。都ではまだ感じられない秋の気配を、音羽の山の近くで、風の音もとても冷ややかに、槙の山辺もわずかに色づいて〔感じ〕、相変わらず訪ねて来た〔薫〕を、趣深く珍しく思われるのを、宮〔八の宮〕はまして、普段よりも待ちわびて喜ばれ、今回は、心細げな物語を、とても多くお話しになる。
「〔私が〕亡くなった後、この姫君たち〔大君・中の君〕を、しかるべき人の縁故のついでにもお見舞いし、見捨てない者の中に数えてください」などと、〔意向を〕ほのめかしながら〔八の宮が薫に〕申し上げなさると、「一言でも承っておきましたからには、決して〔お世話を〕怠るようなことはいたしません。世の中に心を留めまいと、〔俗事を〕省いております身で、何事も頼りになりそうにない将来の短さではありますが、その方面でも巡り合わせがあります限りは、変わらぬ志を〔姫君たちに〕ご覧に入れてお知らせしようと思っております」などと〔薫が八の宮に〕申し上げなさると、〔八の宮は〕嬉しくお思いになっている。
夜が更けて月が明るく差し出て、山の端が近く感じられる頃に、〔八の宮は〕念誦をとてもしみじみとなさって、昔の物語をなさる。
「近頃の世の中は、どうなってしまったのだろうか。宮中などで、このような秋の月に、御前での管弦の遊びの折に居合わせた人々の中で、楽器の名手と思われる限りの人々が、それぞれに合奏した拍子なども、大げさであるよりも、風情があると評判のある女御や更衣の局ごとに、各自が競いたいと思い、表向きの情愛を交わすらしい〔様子である〕のに、夜が更ける頃に人々の気持ちがしっとりと落ち着いてくると、心惹かれるように掻き鳴らし、ほのかにほつれて響き出た楽器の音など、聞き応えのあるものが多かったことよ。何事においても、女は、慰みごとの相手にすべきで、はかない存在でありながら、人の心を動かす種であるべきだ。だから、〔女の〕罪が深いのだろうか。子〔への情〕のために迷う闇を思いやるにつけても、男は、それほど親の心を乱すことはないだろう。女は、定めがあって、どうしようもない方面に思い切って捨てなければならない場合でも、やはり、とても心苦しいものに違いない」などと、一般的なことにつけて〔八の宮が〕おっしゃっているが、〔姫君たちのことを〕どうお思いにならないことがあろうか、〔薫には〕心苦しく推し量られる〔宮の〕お心の内である。
「すべて、本当に、そのように思い捨てたはずではありましょうが、私自身のことでは、どうにも深く思い知る方面がないのに、本当にはかないことですが、声を愛でる心こそ、背きがたいものでございました。賢く聖らしく振る舞う迦葉でさえ、だからこそ、立って舞ったのでしょう」などと〔薫が〕申し上げて、飽きることなく一声聞いた〔大君の〕お琴の音を、しきりに聞きたがりなさるので、疎遠でなかった初めの頃のことも思っていらっしゃるのだろうか、〔八の宮は〕自らあちら〔姫君たちの部屋〕に入られて、しきりに〔演奏を〕勧めて申し上げなさる。〔大君は〕箏のお琴を、とてもほのかに掻き鳴らしてやめてしまわれた。ますます人の気配も絶えて、しみじみとした空の様子や、場所の趣によって、自然と音楽の心に入って趣深く感じられるけれど、打ち解けてもどうして〔薫と〕合奏なさるだろうか〔、いやなさらない〕。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第46冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。