第47帖 総角 / 第10場面
薫、匂宮に語る
あらすじ・人物・読み方
薫は六条院の匂宮を訪ね、宇治の姫君たちのことを語る。女郎花の歌を戯れに交わし、匂宮の宇治行きが決まる。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
三条宮が焼けた後は、〔兵部卿宮は〕六条院にお移りになっているので、近くて〔薫は〕いつも参っていらっしゃる。宮も、思うようであるようなお心地がなさっていた。紛れることもなく理想的なお住まいで、お庭の前栽は、他のとは似ず、同じ花の姿も、木草の靡き様も、格別に見え、遣水に澄んだ月の影まで、絵に描いたようであるのに、思いがはっきり分かるように起きていらっしゃった。
風について吹いてくる香りが、とてもはっきり匂うので、ふとそれと驚かれて、お直衣を差し上げ、乱れない様子に引き繕って出ていらっしゃる。
階を上りも終わらず、〔薫が〕つい座っていらっしゃると、「なお、上に」などともおっしゃらず、高欄に寄り座っていらっしゃって、世の中のお話を申し交わされる。あちらの辺りのことも、話のついでに思い出して、「何事につけても恨みなさるのも、無理もない。自分の心にさえ叶いにくいのを」と思いながら、「そうなればよい」と思い至る様子があるので、いつもより真剣に、あるべき様子などを申し上げる。
明け方の薄暗い頃、あいにく霧が一面に立ち込めて、空の様子が冷ややかなのに、月は霧に隔てられて、木の下も暗く優美である。山里のしみじみとした様子を思い出していらっしゃるのだろうか、
「この頃の間は、決して遅らせなさるな」
と語っていらっしゃるのを、やはり、煩わしく思うので、
女郎花の咲く大野を囲いながら、心狭く締め縄を結ぶのだろうか
と戯れていらっしゃる。
霧の深い朝の原の女郎花は、心を寄せて見る人だけが見る
誰にでも〔見えるもの〕でしょうか」
などと、妬ましいほどに答えると、
「ああ、やかましい」と、最後には腹を立てていらっしゃった。
長年このようにおっしゃるが、あの人のご様子を気がかりに思っていたところ、「容貌なども見劣りなさるはずなく推し量られるが、心ばえがやや劣るようなことがあるか」などと、不安に思い続けてきたが、「何事も残念なようにはなさらないらしい」と思うと、あの、気の毒に、ひそかに思い工夫していらっしゃる様子と違うようになるのも、情けのないようであるが、そうかといって、そのようにすっかり思い改めるはずもなく感じられるので、お譲り申し上げて、「どちらの恨みも負うまい」などと、ひそかに思い構える心もお知りにならず、心狭くとりなしていらっしゃるのも面白いけれど、
「いつもの、軽々しいお心の様子で、〔姫君に〕物思いをさせるのは、心苦しいことだろう」
などと、〔薫は〕親代わりのような立場になって〔匂宮に〕申し上げなさる。
「よし、見ていなさい。これほど心に留まることは、今までまだなかった」
などと、〔薫が〕たいそう真剣におっしゃると、
「あの姫君たちのお心には、そうかと靡きそうな様子は見えません。お仕えしにくい宮仕えというものでございましょう」
と言って、〔薫は匂宮が宇治へ〕お出かけになる段取りなどを、細かく申し上げてお知らせなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第47冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。