第47帖 総角 / 第13場面
後朝の文と三日の餅
あらすじ・人物・読み方
匂宮の後朝の文が届き、三日夜の餅の祝いがひそかに営まれる。薫は大君に小夜衣の歌を贈るが、返歌は冷ややかだった。
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現代語で読む
などと、あれこれ恨みながら、ほのぼのと明けてゆく頃に、〔匂宮は〕昨夜の方〔中の君の部屋〕からお出ましになるのである。たいそう柔らかに振る舞いなさった香りなど、艶やかなお心の様子には、言いようもなく染み付いていらっしゃった。年配の女房たちは、たいそう妙で理解できず思い惑ったけれど、「いくら何でも悪いようなお心があるはずはない」と慰め合った。
暗いうちにと、急いでお帰りになる。道のりも、帰り道はたいそう遠く思われて、気安く行き通えそうもないことが、前々からたいそう苦しく、「夜を隔てることになるのか」と思い悩みなさるらしい。まだ人が騒がしくない朝のうちに〔都の邸に〕お着きになった。廊にお車を寄せてお降りになる。変わった女車のような様子で隠れてお入りになると、皆笑いなさって、
「並々でない宮仕えへのお志と思われます」
と申し上げなさる。案内役〔薫〕の出しゃばりも、たいそう妬ましくて、恨み言も申し上げなさらない。
宮は、早くもとお手紙を差し上げなさる。山里では、誰も彼も現実の心地がせず、思い乱れていらっしゃった。「いろいろと思い構えていたのに、素振りにもお出しにならなかった」と、疎ましくつらく、姉宮〔大君〕を思い申し上げなさって、目も合わせ申し上げなさらない。知らなかった様子をも、すっかりとは明らかにできず、道理として心苦しく思い申し上げていらっしゃる。
人々も、「どういうことでございましたのか」などと、お様子を拝見するけれど、しょげていらっしゃるようで、頼もしい人がいらっしゃるので、「妙なことだ」と思い合っている。お手紙も解いてお見せ申し上げなさるけれど、〔中の君は〕まったく起き上がりなさらないので、「たいそう長くなりました」とお使いは困っていた。
世の常の人のように思い休むだろうか。露深い道の笹原を分けて来たことも
書き馴れなさった筆跡などが、格別に艶やかなのも、大方につけてご覧になった時は面白く思われたが、心配で物思わしく、自分が賢い人として申し上げるのも、たいそう恥ずかしいので、真剣に、あるべき様子を、たいそう強く勧めて〔中の君に返事を〕書かせ申し上げなさる。
紫苑色の細長一揃いに、三重襲の袴を添えて〔お使いに〕下さる。お使いが苦しそうに思ったので、包ませて、お供の人に贈らせなさる。大げさなお使いでもなく、例によって差し上げなさる上童である。格別に、人に様子を漏らすまいとお思いだったので、「昨夜の出しゃばりな老い人の仕業だったのだ」と、〔匂宮は〕ものものしくお聞きになった。
その夜も、あの案内役〔薫〕がお誘いなさるけれど、「冷泉院に必ず伺候しなければならないことがあります」と言って、〔匂宮は都に〕留まりなさった。「例によって、何かにつけて、興醒めなように世を振る舞う」と、〔薫を〕憎く思われる。
「どうしよう。本意でなかったことだからといって、疎かにしてよいものか」と〔中の君は〕思い弱りなさって、お部屋の設えなど整わない住まいだけれど、それなりに趣深く整えてお待ち申し上げていらっしゃった。遠いお二人の道のりを、急いでいらっしゃったのも、うれしいことであるよ、一方では妙なことでもある。
ご本人〔中の君〕は、我を忘れたような様子で、着飾らせ申し上げられるままになっていると、〔匂宮の〕濃いお衣がひどく濡れているので、出しゃばりな人〔弁〕も泣きながら、
「世の中に長く〔生きよう〕とも思われませんので、明け暮れ物思いに耽る時にも、ただお二人のことだけを、心苦しく思い申し上げるのですが、この人々も、よい様子のことだと、聞きにくいほど言い聞かせるらしいので、年を経た心々には、いくら何でも、世の道理も知っているだろう〔と思います〕。
頼りない心一つを頼みにして、このままで、見申し上げよう、と思うようなこともありましたが、ただ今このように、思いも寄らず、恥ずかしいことどもに思い乱れるだろうとは、まったく思いかけませんでしたのに、これが、実に、人の言うらしい逃れがたいご縁なのでしょう。たいそう苦しいことです。少しお気持ちが慰みましたら、知らなかった様子も申し上げましょう。憎いと、お思い込みなさいますな。罪もお得になるでしょう」
と、お髪を撫でて整えながら申し上げなさると、〔中の君は〕返事もなさらないけれど、さすがに、このように思いおっしゃるのが、実に、心配で悪かろうとも思い置くまいとするのに、人の笑い者になる見苦しいことが加わって、お世話され申し上げることのつらさを、あれこれ思い続けていらっしゃった。
そのような心もなく、呆れていらっしゃった様子さえ、並々でなく趣深かったのに、まして少し世の常らしく柔らかくなられたのは、お気持ちもまさる上に、容易く通いなさらないだろう山道の遠さも、胸が痛むほどにお思いになって、心深そうに語らい頼みなさるけれど、〔中の君は〕しみじみとも何とも思い分けなさらない。
言いようもなく大切に育てられた姫君も、少し世の常の人らしく近く、親や兄弟などと言いながら、人の佇まいをも見慣れなさったならば、物の恥ずかしさも、恐ろしさも並々であろうか。家に敬い申し上げる人こそいないが、このように山深いお辺りなので、人に遠く、奥深く慣れなさった心地に、思いかけない有様が、慎ましく恥ずかしく、何事も世の人に似ず、妙に田舎びているのだろうか。はかないお返事でも言い出す術なく包み隠していらっしゃった。それにしても、この君〔薫〕こそ、才気があり才のある方面の香りは勝っていらっしゃる。
「三日目に当たる夜、餅を差し上げます」と人々が申し上げると、「格別にそうすべき祝いのことに違いない」とお思いになって、お前にてさせなさるのも、たどたどしく、一方では大人になって起きていらっしゃるのも、人が見るだろうことが憚られて、顔を赤らめていらっしゃる様子は、たいそう趣深い。姉〔大君〕の心であろうか、のどかで気高いながらも、人のためにしみじみと情け深くいらっしゃった。
中納言殿〔薫〕から、
「昨夜、参ろうと存じましたが、宮仕えの疲れも甲斐のない世の中で、〔あなたは私を〕恨んでおいででしょう。
今夜は雑用でもあるかと存じますが、宿直所でみっともなく過ごした乱れた気持ちが、ますます落ち着かず、ためらっております」
と、陸奥紙に書き継ぎなさって、用意の品々を、細やかに、縫いなどもしていなかった色々を押し巻きなどしながら、御衣櫃たくさんに懸籠に入れて、老女〔弁の君〕のもとに、「人々の料に」と言ってお与えになった。宮の御方にお仕えしていた人たちに倣って、とても多くは取り集めなさることができなかったのだろうか、ただの絹や綾などを、下には入れ隠しながら、御料と思われる二領。とても美しく仕立てたものを、単衣の御衣の袖に〔添えて〕、古風なことではあるが、
小夜衣を着て慣れ親しんだとは言わなくても、言い訳くらいはきっとおっしゃるでしょう
と、脅すように申し上げなさった。
こちらでもあちらでも、興味をそそるようなこともない御様子を、恥ずかしくますますご覧になって、御返事にもどう申し上げようかとお悩みのうちに、御使いのほうは、逃げ隠れてしまった。〔大君は〕つまらない下人を控えさせて、御返事をお渡しになる。
隔てのない心だけは通い合っても、慣れ親しんだ袖だとは言いかけはしないつもりです
〔大君が〕心慌ただしく思い乱れなさった余韻で、ますます素っ気ない〔返事〕を、お思いになったままに〔書いたのを〕、待ちながらご覧になる人〔薫〕は、ただ心打たれるようにお思いになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第47冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。