ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第47帖 総角 / 第28場面

年の暮れ、後見の思い

あらすじ・人物・読み方

年が暮れ、中の君を二条院に迎える案が中宮から示される。薫は三条宮への迎えを果たせなかったことを悔い、後見は我ならではと思う。

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年の暮れ方には、そうでない所でさえ、空の様子が例年とは似ていないのに、荒れない日なく降り積む雪を、眺めながら明かし暮らしなさる気持ちは、尽きることなく夢のようである。

宮〔匂宮〕からも、御誦経など、大げさなほどお見舞い申し上げなさる。このままで、新しい年さえ嘆き過ごすのだろうか。あちこちにも、心配で閉じ籠もっていらっしゃることを申し上げなさると、今は帰ろうという気持ちも、例えようがない。

このようにいらっしゃることに慣れて、人々が多くいた名残がなくなるだろうことを、思い悩む人々は、悲しかった折に差し当たって悲しかった騒ぎよりも、静まり返ってひどく感じられる。

「時々、折々に、風情あるほどに言葉を交わしなさった長年よりも、このように穏やかに過ごしなさった近頃の御様子の、親しみやすく情け深く、儚いことにも真面目な面にも、思いやりの多い御心ばえを、今を限りとして拝見し残したことよ」

と、途方に暮れ合っている。

あの宮〔匂宮〕からは、

「やはり、このように参上して来ることもたいそう難しいことを思い悩んで、近くにお渡し申し上げるべきことを、考え出したのです」

と申し上げなさった。后の宮〔中宮・明石の姫君〕が、お聞きになって、

「中納言〔薫〕もこのように並々でなく思い惚れていたというのは、本当に、並々でなく思いがたくは、誰もお思いになるだろう」と、心苦しくお思いになって、「二条院の西の対にお渡しになって、時々もお通いになるように、ひそかに申し上げなさったのは、女一の宮の御方にかこつけてお思いになったのだろうか」

とお思いになりながら、心配ないだろうことは嬉しくて、おっしゃるのだった。

「その通りだ」と、中納言〔薫〕もお聞きになって、

「三条宮も造り終えて、お渡し申し上げようと思っていたのに。あの御方〔大君〕の代わりとして準えて見るべきだったのに」

などと、翻って心細い。宮〔匂宮〕が思い寄っているらしい筋は、たいそう似つかわしくないこととして思い離れて、「大方の御後見は、自分でなければ、また誰がいるだろう」と、お思いになるということか。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第47冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。