第47帖 総角 / 第4場面
宇治の夜の添い臥し
あらすじ・人物・読み方
その夜、薫は宇治に泊まる。仏の御前で大君と添い臥して夜を明かすが、思いを遂げようとはしない。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
今宵はお泊まりになって、物語などゆっくり申し上げたくて、〔薫は〕ためらって日を暮らされた。はっきりせず、物を恨みがちな〔大君の〕ご様子が、次第にどうにもならなくなってゆくので、煩わしくて、打ち解けて申し上げることも、いよいよ苦しいけれど、大体においては得難く愛しい人のお心であるので、この上なくももてなし難くて、対面なさる。
仏のおられる中の戸を開けて、御灯明の火をはっきりと掲げさせて、簾に屏風を添えて〔姫君たちは〕おられる。外にも大殿油をお参らせするけれど、「煩わしくて無礼ですので。〔灯を〕あらわに」などと諌めて、〔大君は〕傍らに臥しておられた。お果物など、わざわざではなく品を作って差し上げておられた。
お供の人々にも、由由しき肴などをして出させておられた。廊のような方に集まって、この御前は人影遠くもてなして、しんみりと物語を申し上げなさる。打ち解けるはずもないながら、懐かしげに愛嬌づいて、何かおっしゃる様子が、並々でなく心に入って、思い焦がれるのも頼りない。
「このように大したこともない物の隔てだけを障りどころとして、不安に思いながら過ごす心の遅さが、あまりにもおこがましいことだ」と思い続けられるけれど、素っ気なく、大体の世の中のことどもを、しみじみとも面白くも、さまざま聞きどころ多く語らい申し上げなさる。
内では、「人々、近くへ」などとおっしゃり置いたが、「それほど、遠ざかっておられはしないだろう」と思うようであるので、たいして守り申し上げもせず、少しずつ退きながら、皆寄り臥して、仏の御灯火を掲げる人もいない。何となく鬱陶しくて、忍んで人を召すけれど、起きない。
「気分が掻き乱され、煩わしくございますので、ためらって、明け方にもまた申し上げましょう」
と言って、入ってしまおうとする様子である。
「山路を分けて参りました人は、ましていと苦しいですが、このようにお話し承ることに慰められております。打ち捨ててお入りになってしまったら、たいそう心細いでしょう」
と言って、屏風をそっと押し開けて入ってしまわれた。たいそう無骨で、半分ほど入っておられるのに、引き留められて、ひどく妬ましく心憂いので、
「隔てないとは、このようなことを言うのでしょうか。珍しい仕業ですね」
と、嗜めておられる様子が、いよいよ趣深いので、
「隔てない心を全くお分かりいただけないので、お話し知らせようというのです。珍しいとしても、どのような方面に、お思い寄りになることがありましょうか。仏の御前で誓言も立てましょう。ああ、恐がりなさいますな。お心を破らないと思い始めておりますので。人はこのように推し量って思うはずもなさそうですが、世に違えた痴者として過ごしておりますよ」
と言って、心憎いほどである灯影に、御髪の零れ掛かっているのを、掻きやりながらご覧になると、人のご気配は、思うように香り趣深い。
「このように心細く情けないお住まいどころに、好いたであろう人は障りどころがなさそうなのに、私でなく訪ねて来る人もあったなら、それで終わってしまったでしょう。どれほど口惜しい仕業であったでしょう」と、過ぎ去った方の心の安らぎさえ、危うく思われなさるけれど、言う甲斐なく辛いと思って泣いておられるご様子が、たいそう痛ましいので、「このようではなく、自然とお心が緩びなさる折もあるだろう」と思い続けられる。
どうにもならない様子も気の毒で、体裁よく取り繕い申し上げなさる。
「このようなお心のほどを思い寄らず、珍しいほどお話し慣れてしまったのに、不吉な袖の色などを、見現しなさる心の浅さに、自分の言う甲斐なさも思い知らされるのに、さまざま慰む方もなく」
と恨んで、何心もなくやつれておられる墨染の灯影を、たいそうみじめで侘しいと思い惑っておられた。
「たいそうこのようにお思いになる様子こそはと、恥ずかしくて、申し上げるすべがありません。袖の色を引き合いに出させなさる末尾も、尤もですが、長年ご覧じ慣れた志の印には、それほど忌み置くべき、今始めたことのようにお思いになるはずがありましょうか。かえって〔それが〕ご分別心というものです」
と言って、あの物の音を聞いた有明の月影から始めて、折々に思う心の忍び難くなっていく様子を、たいそう多く申し上げると、「恥ずかしくもあったことだ」と疎ましく、「このような心ばえながら素っ気なく真面目でいらっしゃったことだ」と、お聞きになることが多かった。
お傍にある短い几帳を、仏の方に差し隔てて、仮初めに添い臥しなさった。名香がたいそう香ばしく匂って、樒がたいそう華やかに薫る気配も、人よりは格別に仏をもお思い申し上げなさるお心で、煩わしく、「墨染の今更に、折ふし心焦がれしたような、浮ついた様子で、思い始めたことに違うはずなので、このような忌のない間に、このお心にも、さすがに少し弛みなさるだろう」などと、せめてものどかに思いなされる。
秋の夜の気配は、このようでない所でさえ、自然としみじみ多いのに、まして峰の嵐も垣の虫も、心細げにばかり聞き渡される。無常な世のご物語に、時々相槌を入れなさる様子は、たいそう見どころ多く感じがよい。寝呆けていた人々は、「こうなったのだ」と、様子を察して皆入ってしまった。
宮〔八の宮〕のおっしゃった様子などを思い出されると、「本当に、長らえれば、心の外にこのようにあってはならないことも見るはずの仕業だ」と、物ばかり悲しくて、水の音に流れ添う心地がなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第47冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。