第48帖 早蕨 / 第6場面
出立前日、薫の宇治訪問
あらすじ・人物・読み方
出立を明日に控え、薫は早朝に宇治を訪れる。障子越しに中の君と対面し、近い将来の行き来を約束しながらも、胸の内では悔いが募る。
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ご自身は、お移りになるのが明日という日の、まだ早朝においでになった。いつものように、客人席にお通りになるにつけても、今はだんだん何にも馴れて、「自分こそ、誰よりも先に、このように思っていたのだ」などと、生前のご様子やおっしゃったお気持ちを思い出しながら、「それでも、かけ離れて思いの外になどとは、あしらわれなかったのに、自分の心から、妙に隔たってしまったな」と、胸痛く思い続けなさる。
垣間見た障子の穴も思い出されるので、寄って御覧になるが、中を閉め切ってあるので、まったく甲斐がない。
中でも、女房たちは思い出申し上げながら涙ぐんでいた。中の宮は、まして、催される涙の川に、明日の引っ越しも考えられず、ぼんやりと物思いに沈んで臥せっていらっしゃるので、「幾月もの間に積もった話も、とりとめもありませんが、鬱々としておいででしたので、少しでもお晴らし申し上げて、慰めたく存じます。いつものように、きまり悪く他人行儀なさらないでください。ますます知らない世界に来た気がいたします」と申し上げなさると、
「体裁が悪いとお思い申されようとは思いませんが、それでも、気分もいつものようでなく、かき乱れるようで、ますますはきはきしない失礼を申し上げてはと、気が引けまして」などと、つらそうにお思いになっているが、「お気の毒です」などと、あれこれ女房が申し上げるので、中の障子の口でお会いなさった。
たいそうこちらが気恥ずかしくなるほど優美で、また「今度は一段と立派におなりになった」と、目も驚くほど匂い多く、「誰にも似ない心づかいなど、ああ、素晴らしい方だ」とばかりお見えになるのを、姫宮は、面影の離れない方の御事まで思い出し申し上げなさると、まことにしみじみとお迎え申し上げなさる。
「尽きないお話なども、今日は言忌みをしましょうね」などと言いさして、「お移りになるはずの所の近くに、もう幾日かして移ることになっておりますので、夜中も暁もと、親しい間柄の人が申しますように、どのような折にも、親しくお考えくださりおっしゃっていただければ、この世に生きております限りは、申し上げもし承りもして過ごしたく存じますが、どのようにお考えでしょうか。人の心はさまざまの世の中ですので、かえってご迷惑かなどと、独り決めしかねるのです」と申し上げなさると、
「この邸を離れまいと思う心は深くございますが、近くに、などとおっしゃってくださるにつけても、いろいろと思い乱れまして、お返事の申し上げようもなくて」などと、言葉とぎれとぎれに言って、ひどくしみじみと感じ入っていらっしゃる様子などが、ひどくよく似ていらっしゃるのを、「自分からよそのものに見なしてしまった」と、とても悔しく思っていらっしゃるが、甲斐もないので、あの夜のことは何も言わず、忘れてしまったのかと見えるまで、きれいさっぱりと振る舞っていらっしゃった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第48冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。