第48帖 早蕨 / 第8場面
弁の尼との対面
あらすじ・人物・読み方
薫は移転の始末を定め、尼となった弁をしいて召し出す。弁は大君に殉じなかった命の辛さを涙ながらに訴え、薫は慰める。
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現代語で読む
お引越しに必要なことを、女房たちにお指図おきなさる。この邸の留守番として、あの鬚の多い宿直人などが仕えることになっているので、この近辺の御荘園の者どもなどに、そのことをお命じ預けなど、細々としたことまで定めおきなさる。
弁は、「このようなお供にも、思いもかけず長生きがとても辛く思われますが、世の人も不吉に見たり思ったりするでしょうから、今は世に生きている者とも人に知られますまい」と言って、姿も変えて尼になっていたのを、しいて召し出して、まことにしみじみと御覧になる。いつものように、昔の思い出話などをおさせになって、「ここへは、やはり、時々参りましょうが、まことに頼りなく心細いでしょうに、こうしてお残りになるのは、まことにしみじみと有り難く嬉しいことです」などと、最後まで言い終わらずにお泣きになる。
「厭わしく思えば思うほど延びる寿命が辛く、またどう生きよと言って、先に逝っておしまいになったのかと、恨めしく、この世のすべてを情けなく思って沈んでおりますので、罪もどんなに深いことでしょう」と、思っていたことをお訴え申し上げるのも、愚痴っぽいが、とてもよく言い慰めなさる。
たいそう年はとっているが、昔、美しかった名残の髪を削ぎ落としたので、額のあたりの様子が変わって、少し若くなって、その方面としては優美である。
「思いあぐねた果てに、どうしてこのような尼姿にして差し上げなかったのだろう。それで寿命が延びるようなこともあったろうに。そうして、どんなに親密に語らい申し上げられたろうに」などと、一方ならずお思いになると、この人までが羨ましいので、隠れている几帳を少し引いて、細かに語らいなさる。なるほど、すっかり悲しみに暮れている様子だが、何か言う態度や心づかいは並々でなく、嗜みのあった女房の名残と見えた。
先に立つ涙の川に身を投げていたら、死に遅れることはなかったでしょうに。と、涙にむせんで申し上げる。
「それもとても罪深いことです。彼岸に辿り着くことは、どうしてできましょう。それ以外のことでさえも、深い悲しみの底に沈んで生きてゆくのもつまらない。すべて、皆無常だと悟るべき世の中なのです」などとおっしゃる。
身を投げようという涙の川に沈んでも、恋しい折々を忘れることはできましょうか。いつになったら、少しは思いが慰むことがありましょうか」と、終わりのない気がなさる。
帰る気にもなれず物思いに沈んで、日も暮れてしまったが、わけもなく外泊するのも、人が咎めることかと、仕方ないので、お帰りになった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第48冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。