第49帖 宿木 / 第15場面
二条院の日常
あらすじ・人物・読み方
婚儀の後、匂宮は二条院の中の君のもとへ通いにくくなる。薫は夕方に中の君を訪れる。
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現代語で読む
宮〔匂宮〕は、女君〔六の君〕の御様子を昼間に拝見なさると、ますます御心が深くなった。背丈が程よい方の、姿がとても清らかで、髪の垂れ具合や頭の形などは、人より特に、まあ素晴らしいとお見えになった。色艶があまりにも匂うようで、堂々として気品のある顔の、目もとがとても恥ずかしげに美しく、すべて何事も備わって、容貌のよい人というのに、足りないところがない。
〔六の君は〕二十歳を一、二歳過ぎていらっしゃった。幼い年ではないので、不十分で足りないところなく、鮮やかに、盛りの花とお見えになった。限りなく大切にお世話なさっていたので、不十分なところがない。なるほど、親としては、心を惑わしなさるのも無理はないことだった。
ただ、柔らかく愛嬌があって可愛らしい点では、あの対の御方〔中の君〕が真っ先に思い出されなさるのだった。何かおっしゃる返事なども、恥じらっていらっしゃるが、またあまり曖昧ではなく、すべてとても見所が多く、才気がありそうである。
よい若い女房どもが三十人ほど、童女が六人、不揃いな者はなく、装束なども、いつもの格式ばったことは〔宮が〕見慣れてお思いになるだろうから、趣向を変えて、理解できないほど凝ってお好みになっていた。三条殿腹の大君を東宮に参らせなさった時よりも、この御事〔六の君の婚儀〕を特に考えおき申し上げなさったのも、宮の御評判や御様子からであるようだ。
こうして後は、〔宮は〕二条院に気安くお渡りになれない。軽々しい御身分ではないので、お思いのままに昼間などもお出になれないので、そのまま同じ〔六条院の〕南の町に、長年住んでいたようにいらして、暮れれば、また、〔六の君を〕避けてお渡りになることもできないなどして、〔中の君には〕待ち遠しい時々があるのを、
「こうなるとは思っていたが、実際に当たってみると、こんなに名残がなくなるものだろうか。なるほど、思慮のある人は、物の数でない身を知らずに、交わるべき世ではなかったのだ」
と、繰り返し山路を分けて出てきた頃のことが、現実とも思えず悔しく悲しいので、
「やはり、何とか忍んで〔宇治へ〕渡りたい。まったく背く様子でなくても、しばし心を慰めたいものだ。憎らしそうな扱いなどをするならこそ、嫌なことでもあろう」
などと、心一つに思い余って、恥ずかしいけれど、中納言殿〔薫〕に文を差し上げなさる。
「先日の御事は、阿闍梨が伝えたので、詳しく聞きました。このような御心の名残がなかったら、どれほどお気の毒かと思われますにつけても、深く〔感謝〕するばかりです。できることなら、わたくし自身も〔お礼に〕」
と申し上げなさった。
陸奥紙に、飾らず真面目にお書きになったのが、とても趣がある。〔八の〕宮の御命日に、いつもの法事をとても尊くおさせになったのを、喜びなさっている様子が、仰々しくはないが、なるほど思い知っていらっしゃるようだ。いつもは、こちらから差し上げる御返事さえ、遠慮深そうにお思いになって、はきはきとお書きにならないのに、「わたくし自身も」とまでおっしゃったのが、珍しく嬉しくて、〔薫は〕心ときめきもするに違いない。
宮〔匂宮〕が華やかに心を寄せていらっしゃる頃なので、〔中の君を〕疎かにお扱いになったのも、なるほどお気の毒と推し量られるので、とても哀れで、風流なこともない御文を、下にも置かず、繰り返し繰り返し〔薫は〕見ていらっしゃった。御返事は、
「承りました。先日は、聖のような様子で、わざと忍んで参りましたのも、そのようにお考えになる事情がある頃でしたので。名残とおっしゃったのが、少し〔私の心が〕浅くなってしまったようだと、恨めしく思われます。万事は伺ってから。恐れ入ります」
と、堅苦しく、白い色紙のごわごわしたものに書いてある。
さて、翌日の夕方に〔薫は〕お渡りになった。人知れず思う心が添っているので、やたらと心遣いがひどくされて、柔らかな御衣類をますます匂わせなさっているのは、あまり大げさなほどである上に、丁子染の扇の、持ち慣れていらっしゃる移り香などまで、たとえようもなく素晴らしい。
女君〔中の君〕も、不思議だった夜のことなどを思い出しなさる折々がないわけではないので、真面目で情け深い御心遣いが、誰にも似ずいらっしゃるのを見るにつけても、「〔この方と〕そうありたいもの」とだけは思いやりなさるのだろう。
幼い年でいらっしゃらないので、恨めしい人〔匂宮〕の御様子を思い比べると、何事もますますこの上なく思い知られなさるのか、いつも隔てが多いのもお気の毒で、「物の道理を知らない様子に〔薫が〕お思いになるだろう」などとお思いになって、今日は、御簾の内にお入れ申し上げなさって、母屋の簾に几帳を添えて、自分は少し引き入って対面なさった。
「わざわざお召しがあったわけではございませんでしたが、例になく〔中の君が〕お許しくださった喜びに、すぐにでも参上したいと思っておりましたのに、宮〔匂宮〕がお越しになると伺いましたので、折が悪かろうと、今日〔の参上〕にしてしまったのです。それにしても、長年の〔私の〕心のしるしも次第に現れてきたのでしょうか、隔てが少し薄らいだ御簾の内ですよ。珍しいことでございます」
と〔薫が〕おっしゃると、〔中の君は〕やはりとても恥ずかしく、言い出す言葉もない気持ちがするけれど、
「先日、うれしく伺った〔私の〕心の内を、いつものように、ただ思いが乱れたまま過ごしてしまいましたら、〔あなたが〕思い知ってくださる片端さえ、どうして〔伝わりましょう〕と、口惜しさに」
と、とても遠慮深そうにおっしゃるのが、ひどく身を引いて、絶え絶えにかすかに聞こえるので、〔薫は〕心もとなくて、
「とても遠くにいらっしゃいますね。まじめにお話し申し上げ、伺いたい世間話もございますのに」
とおっしゃると、もっともだとお思いになって、少し身じろぎして寄られる気配を〔薫が〕お聞きになるにも、ふと胸がどきっとするけれど、何気なくますます静めた様子をして、宮〔匂宮〕のお心のほどが、思いのほか浅くていらっしゃったと〔薫には〕思われ、一方では〔宮を〕非難もしたり、また慰めもしたり、あれこれと静かに申し上げ続けていらっしゃる。
女君〔中の君〕は、〔匂宮の〕御恨めしさなどは、口に出して〔薫に〕お話し申し上げるべきことでもないので、ただ、世の中が辛いなどというふうに思わせて、言葉少なに紛らわせながら、山里〔宇治〕にしばらくお移しくださいとお考えのようで、とても熱心に思いを込めておっしゃる。
「それは、〔私の〕心一つに任せては、お引き受けできないことでございます。やはり、宮にただ心を込めてお話し申し上げなさって、あちらの御意向に従うのがよろしいでしょう。そうでなければ、少しでも食い違いがあって、〔宮があなたを〕軽薄だとかお思いになるようなことがあれば、とても悪うございましょう。きっと〔宇治へ行くことが〕決まったなら、道中もお送り迎えも、進んでお世話いたしましょうに、何の遠慮がございましょうか。安心してお任せいただける、人とは違う〔私の〕心のほどは、宮もみなご存じでいらっしゃいます」
などとは言いながら、折々は、過ぎ去った方〔大君〕への悔しさを忘れる時なく、あの人がいてくれたらなあと、取り返したいと、ほのめかしながら、だんだん暗くなっていくまでいらっしゃるので、〔中の君は〕とても煩わしく思って、
「それでは、気分も悪くばかりしておりますので、また、〔あなたが〕よろしくお思いくださる頃に、何事も」
と言って、〔中の君が奥へ〕入ってしまわれる様子なのが、とても残念なので、
「それにしても、いつ頃〔宇治へ〕お発ちになるおつもりですか。とても茂っているでしょう道の草も、少し払わせておきましょう」
と、〔中の君の〕心を引くように申し上げると、〔中の君は〕しばらく入りかけたまま止まって、
「今月は過ぎてしまうようですから、〔来月の〕朔日の頃にも、とそう思っております。ただ、とても人目を忍んでこそのがよいでしょう。何も、世間の許しなど大げさに〔得る必要はありますまい〕」
とおっしゃる声が、「たいそう可愛らしいな」と、いつもより〔大君のことが〕昔と思い出されるので、〔薫は〕こらえきれず、寄り座っていらっしゃる柱のそばの簾の下から、そっと手を伸ばして、〔中の君の〕御袖を捉えた。
女〔中の君〕は、「やはり、ああ辛い」と思うが、何事も言えようはずはなく、何も言わずに、ますます〔奥へ〕引いて入られると、それについていかにも馴れ馴れしい様子で、半ばは内に入って〔中の君に〕添い臥しなさった。
「いや、違いますよ。ひっそりと〔宇治へ行くのが〕よいとお考えのこともあったのが嬉しいのは、私の聞き違いでしょうか、お話し申し上げようと思って。よそよそしくお思いになるはずもないのに、辛そうなご様子ですね」
と〔薫が〕恨み言をおっしゃると、〔中の君は〕答える気持ちもせず、思わず憎く思うようになってしまったのを、せめて思いを静めて、
「思いがけないお心のほどですね。人がどう思うでしょう。あきれたことです」
とたしなめて、泣き出しそうな様子なのは、少しはもっともなことなので、〔薫は〕気の毒に思うけれど、
「これは咎められるほどのことでしょうか。これほどの対面は、昔のことも思い出しなさいな。亡くなった人〔大君〕のお許しもあったのに。〔あなたが〕ひどくこよなく〔冷たく〕お思いなのは、かえって情けないことです。好色らしくあきれるような心はないのだから、安心してお思いなさい」
と言って、とても穏やかには振る舞っていらっしゃるけれど、数か月悔しいと思い続けてきた心の内が、苦しいほどになっていく様子を、しみじみと言い続けなさって、〔中の君が〕許しそうな様子でもないので、どうしようもなく、辛いことも世の常である。かえって、全く心を知らない人よりも、恥ずかしく愛想が尽きて、〔中の君が〕泣いてしまわれるのを、
「これは、どうしたことですか。ああ、子供っぽい」
とは言いながら、言いようもなく可愛らしく、心苦しいけれども、用心深く恥ずかしそうな様子などが、〔以前〕見た頃よりも、格段に大人びてこられたのなどを見るにつけ、「心からよそ人扱いにして、このように穏やかでなく物思いをすること」と悔しいことにも、また本当に〔薫も〕声を上げて泣けてしまうのだった。
近くに仕える女房が二人ほどいるけれど、思いがけない男が入って来たのならばこそ、これはどうしたことかと、参って近寄りもしただろうが、疎遠でなくお話し交わしなさる御仲のようであるので、そういう事情こそあるのだろうと思うと、傍らで聞くのが辛いので、知らない顔でそっと覗いたままでいるのが、気の毒なことよ。
男君〔薫〕は、昔〔大君のこと〕を悔いる心の抑えがたさなども、とても静めがたく思われたようだけれど、昔でさえ〔人を思いやって〕難かった心の用意であるので、やはりとても思いのままには振る舞い申し上げなさらなかった。このような筋のことは、詳しくも書き続けることはできないのであった。甲斐のないことながら、人目につかないのを思うと、あれこれ思い返して〔薫は〕出ていかれた。
まだ宵だと思っていたけれど、明け方近くになっていたのを、見咎める人もいるだろうかと、煩わしいのも、女〔中の君〕のおためを思えば気の毒なことであるよ。
「〔中の君が〕辛そうだと聞き続けてきた御気分は、もっともなことだったのだ。とても恥ずかしいと思っていらした腰のしるし〔妊娠〕に、多くは心苦しく思って〔無理をせず〕やめたのだな。いつものおこがましい心だよ」と〔薫は〕思うけれど、「情けなくあろうことは、やはりとても本意でないに違いない。また、その場の自分の心の乱れに任せて、無理な心を使ってしまった後は、安心できもしないだろうことから、無理に忍んで過ごす間も心を尽くすことに、女があれこれ思い乱れるだろうことよ」
などと、賢く考えるのに抑えられず、今この間も恋しいのがどうしようもなかった。二度と会わずにはいられないとお思いになるのも、返す返す不思議な心であるよ。
昔よりは少し細くなって、上品で可愛らしかった様子などは、〔薫の心から〕立ち離れたとも思えず、身に添った気持ちがして、さらに他のことも思えなくなってしまった。
「宇治にとても移りたそうに〔中の君が〕思っていらっしゃるのを、そのままに、〔私が〕お移し申し上げてしまおうか」など思うけれど、「まさか宮はお許しになるだろうか。そうかといって、ひっそりと〔移すの〕も、とても不都合だろう。どうにかして、人目に見苦しくなく、思う心が遂げられるように」と、心も空にさまよって物思いにふけり臥していらっしゃった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第49冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。