第49帖 宿木 / 第16場面
後朝の文と匂宮の渡り
あらすじ・人物・読み方
薫から中の君へ文が届く。匂宮が中の君のもとへ渡ったと聞き、薫は思いをめぐらす。
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現代語で読む
まだとても早い朝に〔薫から中の君へ〕お手紙がある。いつものように、上辺ははっきりとした立文で、
むなしく分け入った道の露の茂みよ、昔が思い出される秋の空だなあ
〔あなたの〕御様子の辛さは、道理を知らない辛さばかりです。申し上げる方法もなく」
とある。お返事がないのも、人が、例でないと見咎めるだろうことを、〔中の君は〕とても苦しく思うので、
「承りました。とても辛くて、申し上げられません」
とだけ書きつけてこられたのを、「あまりに言葉少なだな」と物足りなくて、趣のあった御様子ばかりが恋しく思い出される。
少し世の中をも知っていらっしゃるせいだろうか、あれほどあきれるほど無理だとは〔薫が〕思っていらっしゃったものの、ひたすら鬱々としているなどではなく、とてもしっかりとして恥ずかしそうな様子も加わって、さすがに親しみやすく言い繕いなどして、〔私を〕送り出してくださった時のお心のほどなどを思い出すのも、妬ましく悲しく、あれこれ心にかかって、侘しく思われる。何事も、昔〔大君〕よりはとても多く勝って思い出される。
「何だろう。この宮〔匂宮〕とすっかり離れてしまわれたら、〔中の君は〕私を頼もしい人としてくださるはずであるようだ。それにしても、表立って安心できる様子ではいられないのを、忍びながら他に思い勝る人もいない、心の行き着く先こそ〔中の君が〕あるのだろう」
など、ただこの事ばかりが、じっと心に浮かぶのは、けしからぬ心であるよ。あれほど思慮深そうに賢く振る舞っていらっしゃるけれども、男というものの情けないことよ。亡き人〔大君〕への御悲しさは、言っても甲斐のないことで、これほど苦しいほどまではなかった。これは、あれこれと思い巡らされていらっしゃるのであった。
「今日は、宮〔匂宮〕が〔中の君のもとへ〕お渡りになった」
などと、人が言うのを聞くにも、〔薫の〕後見する心は失せて、胸がどきっとして、とても羨ましく思われる。
宮〔匂宮〕は、数日〔訪れが〕途絶えてしまったのは、自分の心さえ恨めしく思われて、急にお渡りになったのであった。
「何も、心が隔たっている様子にはお見せ申し上げまい。山里〔宇治〕にと〔私が〕思い立つのにも、頼もしい人と思う人〔薫〕も、疎ましい心が加わっていらっしゃったのだ」
と〔中の君が宮を〕御覧になると、世の中がとても窮屈に思われるようになって、「やはりとても辛い身の上だった」と、「ただ消えてしまわない間は、あるがままに任せて、おとなしくしていよう」と思い定めて、とても可愛らしく、美しい様子で振る舞っていらっしゃるので、〔宮は〕ますますいとしく嬉しく思われて、数日の怠り〔訪れなかったこと〕などを、限りなくおっしゃる。
〔中の君の〕お腹も少しふっくらとしてきたのに、あの恥じていらっしゃるしるし〔妊娠〕の帯の引き結ばれた様子など、とてもいとしく、まだこのような人を近くでは御覧になったことがなかったので、珍しくさえお思いになった。打ち解けない所〔六の君のもと〕に慣れていらっしゃって、あらゆることが、安心でき親しく思われるままに、並々でない事々を、尽きることなくお約束なさるのを聞くにつけても、このようにばかり口が上手いことなのだろうかと、無理に〔迫った〕人〔薫〕の御様子も思い出されて、長年しみじみとしたお心のほどなどは思い続けてきたけれど、このような方面では、あのこともあってはならないことと思うので、この〔宮の〕御将来の約束は、さあどうか、と思いながらも、少し耳が留まった。
「それにしても、あきれるほど怠って怠って、入って来られた時のことよ。昔の人〔大君〕に疎くて過ぎ去ったことなどお語りになったお心のほどは、本当に難かったのだと、やはり打ち解けるはずも、なかったのだな」
などと、ますます心遣いさせられるにつけても、長く〔宮の訪れが〕途絶えなさることは、とても何か恐ろしいようにお思いになるので、言葉に出しては言わないけれど、過ぎ去った頃よりは、少しすがりつくような様子で振る舞っていらっしゃるのを、宮はますます限りなくいとしいとお思いのところに、あの人〔薫〕の御移り香が、とても深く染みていらっしゃるのが、世の常の香を香炉に入れて焚きしめたのにも似ず、明らかな匂いなのを、その道の人〔香に詳しい宮〕でいらっしゃるので、おかしいと咎め出されなさって、どうしたことかと、様子をお探りになるのに、思いのほか離れがたいこと〔薫とのこと〕であるので、言いようもなく無理で、とても苦しいとお思いなのを、
「やはりそうだ。必ずそういうことはあるのだろう。まさか、何もなく思うはずはない、と思い続けることだよ」
と〔宮の〕お心は騒ぐのだった。それというのも、単衣のお召し物なども、脱ぎ替えておられたけれど、不思議と心ならずも身に染みていたのである。
「これほど〔の匂い〕では、残りがあってなどいないだろう」
と、あれこれ聞きにくいことを言い続けなさるので、〔中の君は〕辛くて、身の置き所がない。
「思い申し上げる様子が特別なものを、私こそ先に、などと、このように背く機会は特にこそあれ。またお心をお決めになるほどの時間は経ったでしょうか。思いがけず辛かったお心ですね」
と、全て真似て言えるものでもなく、気の毒そうに申し上げなさるけれど、どうにもお答えにならないことさえ、とても妬ましくて、
また別の人に馴れた袖の移り香を、わが身に染みさせて恨んでしまったことよ
女〔中の君〕は、あきれるほど〔宮が〕言い続けなさるので、言うべき方法もないのを、どうしよう、と思って、
馴れ親しんだ仲の衣と頼りにしていたのに、これほど〔の移り香〕で縁が切れてしまうのでしょうか
と言って、泣いていらっしゃる様子が、限りなくいとしいのを見るにつけても、「だからこそだ」と、とても心が痛んで、〔宮も〕自分もほろほろと涙をこぼしなさるのは、情け深いお心であるよ。本当にひどい過ちがあったとしても、ひたすら疎んじ果てることはおできにならず、可愛らしく心苦しい様子を〔中の君が〕なさるので、恨み果てることもおできにならず、言いかけながら止めて、一方では慰め申し上げなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第49冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。