第49帖 宿木 / 第20場面
薫の宇治訪問
あらすじ・人物・読み方
薫は夕方に宇治を訪れ、中の君と語り合う。下紐の歌を贈り、夜更けまで過ごす。
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現代語で読む
男君〔薫〕も、無理に思い悩んで、いつものように、静かな夕方にお越しになった。〔中の君は〕すぐに端に御茵を差し出させなさって、「たいそう苦しい時で、〔直接〕お話し申し上げられません」と、人を介して申し出なさったのを聞くと、〔薫は〕ひどくつらくて、涙が落ちそうなのを、人目を憚って、無理に紛らわして、
「お悩みの折には、見知らぬ僧なども近くに参り寄るではありませんか。医師などの列に加わってでも、御簾の内にお仕えしてはいけないでしょうか。このように人伝てのご様子では、甲斐のない心地がします」
とおっしゃって、たいそう思わせぶりなご様子であるのを、一夜〔以前〕様子を見た人々は、
「本当に、たいそう見苦しいようでございます」
と言って、母屋の御簾を下ろして、夜居の僧の座に〔薫を〕お入れ申し上げると、女君は、本当に気分もたいそう苦しかったけれど、人がこう言うのに、目立つようになるのも、またどうかと気が引けたので、億劫ながら少し這い出て、対面なさった。
かすかに、時々おっしゃるご様子が、昔の人〔大君〕が病み始めた頃を、まず思い出させられるのも、不吉で悲しくて、〔薫は〕心が真っ暗になる心地がなさるので、すぐには物も言えず、ためらいながら申し上げなさる。
〔中の君が〕この上なく奥まっておられるのもたいそうつらくて、簾の下から几帳を少し押し入れて、いつものように、馴れ馴れしく近づき寄りなさるのが、たいそう苦しいので、〔中の君は〕どうしようもないとお思いになって、少将といった人を近くに呼び寄せて、
「胸が痛いのです。しばらく押さえていて〔ください〕」
とおっしゃるのを聞いて、
「胸は押さえていると、たいそう苦しいものですのに」
と嘆いて、座り直りなさる様子も、本当に胸の内が穏やかではない。
「どうして、このようにいつも苦しくお思いになるのでしょう。人に尋ねたところ、しばらくは気分が悪いけれど、その後また、よい時もある、などと教えられました。あまりに若々しく〔弱々しく〕振る舞っておられるようです」
とおっしゃるのに、たいそう恥ずかしくて、
「胸は、いつからともなくこのようなものでございます。昔の人〔大君〕もそのようでいらっしゃいました。長生きしない人のすることだとか、人も言うようです」
とおっしゃる。「本当に、誰も千年の松ではない世の中を」と思うと、たいそう心苦しく哀れなので、この呼び寄せた人〔少将〕が聞くのも憚られず、そばで聞くのが辛いような筋のことは選んで控えるけれど、昔から思い申し上げてきた様子などを、あの御耳にだけは分かってもらいながら、人は片端にも聞いてはいけない様子に、体裁よく穏やかに言いなさるのを、「本当に、ありがたいお心持ちだこと」と〔少将は〕聞いていた。
何事につけても、亡き君〔大君〕のことを尽きることなくお思いになっている。
「幼かった頃から、世の中を思い離れて終わるべき心構えばかりを身につけてきましたのに、そうなる運命だったのでしょうか、親しくないながらも並々でなく思い始め申し上げた一節によって、あの出家の本意は、やはり外れてしまったのでしょうか。
慰めのために、あちらこちらへ行き関わって、人の様子を見るにつけて、気が紛れることもあるだろうなどと、思いつく折々もございますが、まったく他の方へ心がなびくようでもございませんでした。
あれこれ思い悩んでは、心の引く方が強くない性分ですので、好色めいたようにお思われだろうと、恥ずかしいけれど、あってはならない心が、少しでもあるはずなら目覚ましいことでしょうが、ただこれほどの程度で、時々思うことをも申し上げたりお聞きしたりして、隔てなく言葉を交わすのを、誰が咎め立てできましょうか。世の人に似ない心のほどは、皆からも非難されるはずはないのですから、どうか安心してお思いください」
などと、恨み泣きながら申し上げなさる。
「気がかりにお思い申し上げるなら、このように怪しいと人も見て思うに違いないほどまで、申し上げるはずがありましょうか。長年、あちらこちらにつけて、見知る事柄がございましたからこそ、格別な頼もしい人として、今ではこれ以上などと驚かせ申し上げるのです」
とおっしゃると、
「そのような折も覚えがございませんのに、たいそう大げさなこととお思いになっておっしゃるのですね。この山里をお発ちになる急ぎの際に、やっとのことで人を召しお使いになるはずでした。それも本当に、事情をご存じの方があってこそと、軽んじて思ったりはいたしません」
などとおっしゃって、やはりたいそう恨めしそうだけれど、聞く人がいるので、思うままにどうして続けられようか。
〔薫が〕外の方を眺め出すと、次第に暗くなってしまい、虫の声ばかりがはっきりして、山の方は薄暗く、何の区別も見えないのに、たいそう静かな様子で寄り座っておられるのも、〔中の君は〕煩わしいとだけ内心ではお思いになる。
「限りだけはある〔のに〕」
などと、静かに口ずさんで、
「思い煩っております。音無の里を求めたいのですが、あの山里のあたりに、わざわざ寺などはなくても、昔を思い出させる人形を作り、絵にも描き取って、修行しようと、思い立つようになりました」
とおっしゃると、
「哀れなご願いで、また嫌なことに御手洗川が近い心地のする人形は、思いやられてお気の毒でございます。黄金を求める絵師もいるのではないかなどと、心配でございますよ」
とおっしゃると、
「そうです。その工も絵師も、どうして心に適う仕事でありましょう。近い世に花を降らせた工もいたというのに、そのような変化の人がいてほしいものです」
と、あれこれと忘れる手立てのない旨を、嘆きなさる様子が、心深そうなのもお気の毒で、〔中の君は〕今少し近くに滑り寄って、
「人形のついでに、まったく不思議な、思い寄りもしなかったことを思い出しました」
と〔中の君が〕おっしゃる様子が、少し親しげなのも、〔薫は〕とてもうれしく、しみじみとして、
「何のことですか」
と言うままに、几帳の下から〔中の君の〕手を取ると、〔中の君は〕とても煩わしく思わずにはいられないけれど、「何とかして、こういう〔薫の〕心をやめさせて、穏やかでいたい」と思うので、この近くにいる人〔女房〕が思うことが具合悪くて、さりげなく振る舞っていらっしゃった。
「長年、生きているかどうかも知らなかった人が、この夏ごろ、遠い所からやって来て、探し当てたのですが、疎かには思うまいけれど、また急に、それほどどうして親しく思えようか、と思っておりましたところ、先ごろやって来たのが、不思議なほど、昔の人〔大君〕のご様子に似ていたので、しみじみと感じ入ってしまいました。
形見など、このように〔薫が〕お思いになりおっしゃるらしいのは、かえって何事も、あきれるほど〔大君と〕隔たっていると、見る人々も言っておりましたが、まったくそうであるはずもない人が、どうして、そうであったのでしょう」
と〔中の君が〕おっしゃるのを、〔薫は〕夢物語か、とまで聞いている。
「そうなるべき理由があるからこそ、そのようにも親しく申し上げられるのでしょう。どうして今まで、このようにも仄めかしなさらなかったのですか」
と〔薫が〕おっしゃると、
「さあ、その理由も、どういうことであったのかも思い分けられません。頼りない身の上などで、この世に落ちぶれてさまようことになるだろう、とばかり、心配そうに〔八の宮が〕思っていらした事々を、ただ一人でかき集めて思い知らされますのに、また具合の悪いことまで加わって、人も聞き伝えるだろうことが、とても気の毒なことでしょう」
とおっしゃる様子を見て、「宮〔八の宮〕がひそかに何かおっしゃっていた人の、忍草を摘んでおいた〔=ひそかに生ませた子である〕のだろう」と〔薫は〕見て取った。
似ているとおっしゃる縁に耳が留まって、
「これほどでは。どうせなら最後までおっしゃってください」
と、知りたがっていらっしゃるけれど、さすがに心苦しくて、〔中の君は〕詳しくも申し上げなさらない。
「探そうとお思いになる心があれば、そのあたりとは申し上げられましょうけれど、詳しくは存じません。また、あまり言えば、心が劣ることにもなりかねないのです」
とおっしゃると、
「世を〔探すなら〕、海の中にでも、魂のありかを探すには、心の限り進んでいくでしょうものを、それほどまでに思うべきではないけれど、まったくこのように慰めるすべがないよりはと、思いつきました人形の願いだけには、どうして、山里の本尊のようにも思わないことがありましょうか。やはり、はっきりおっしゃってください」
と、急に責めるように申し上げなさる。
「さあ、昔の〔八の宮の〕お許しもなかったことを、ここまで漏らし申し上げるのも、とても口が軽いことですが、変化の人形をお求めになる〔薫の〕お気の毒さゆえに、こうも〔申し上げるのです〕」と言って、「とても遠い所で長年過ごしていたのを、母である人が心配なことに思って、無理に探し寄ってきたのに、きまり悪くもお返事できずにいましたところ、やって来たのでした。ほのかな様子だったからでしょうか、何事も思っていたほどよりは見苦しくなく見えました。これをどう扱おうか、と〔母が〕嘆くようでしたが、仏になるのは、まったくこの上ないことでしょう、そこまではどうして〔できましょうか〕」
などと申し上げなさる。
「さりげなくて、このように煩わしい心をどうにか言い放つ方法があればよいのに、と思っていらっしゃる」と見るのはつらいけれど、さすがにしみじみと感じられる。「あってはならないこととは深く思っていらっしゃるものの、表立ってきまり悪い様子には、振る舞いなさらないのも、〔こちらの心を〕見知っていらっしゃるからだろう」と思う心のときめきに、夜もひどく更けていくのを、内側では人目がとても心苦しく思われなさって、気を緩めてお入りになると、男君〔薫〕は、もっともなこととは繰り返し思うけれど、やはりとても恨めしく残念で、思いを静めるすべもない心地がして、涙がこぼれるのも人目に悪いので、万事に思い乱れるけれど、一途に浅はかになるような振る舞いは、やはりとても嫌で、自分のためにも具合が悪いだろうから、思い返して堪え、普段よりも嘆きがちに出ていらっしゃった。
「このようにばかり思っていては、どうしたらよいだろう。苦しくもあるだろうなあ。どうしてか、大方の世間には非難されるはずのない様子で、さすがに思う心が叶うことをしたらよいだろう」
などと、折に触れて練り上げた心ではないからか、自分のためにも人のためにも、心安くあるはずのないことを、無理に思い明かすのに、「似ているとおっしゃった人も、どうして本当かと見ることができよう。あれほどの身分であるなら、思い寄るのに、難しくはないとしても、その人の本意でもなければ、煩わしいことだろう」などと、やはりそちらの方へは心も向かない。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第49冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。