第50帖 東屋 / 第13場面
匂宮、浮舟を見いだす
あらすじ・人物・読み方
朝、常陸守の車に目を留めた匂宮は、夕方、湯漬の折に西の廂に隠れていた浮舟を見いだし、名乗りも聞かぬまま添い臥してしまう。
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車を引き出すほどの、少し明るくなったのに、宮は、内裏からお出になる。若君が覚束なくお思いになったので、忍んだ様子で、車なども例でなくていらっしゃるのに、差し合って、押しとどめて立てたので、廊に御車を寄せて、お降りになる。「何の車か。暗いほどに急ぎ出るのは」と、目を留めさせなさる。「このようにして、忍んだ所には出るよ」と、御心の慣わしにお思い寄るのも、むくつけしい。
「常陸殿がお出でなさる」と申す。若やかな御前どもが、「殿こそ、鮮やかである」と、笑い合えるのを聞くのも、「実に、格別な身のほどよ」と悲しく思う。ただ、この御方ことを思うゆえにぞ、自分も人々しくなりたく思われた。まして、正身を素朴にやつして見ようことは、ひどくもったいなく思いなった。宮は、お入りになって、
「常陸殿という人は、ここに通いなさる。心ある朝ぼらけに、急ぎ出た車副などこそ、ことさらめいて見えた」など、やはりお思い疑って仰る。「聞きにくく、傍ら痛い」とお思いになって、「大輔などが、若くての頃、友達であった人は。特に今めかしくも見えないのを、由々しげに仰りなすかな。人の聞き咎めるべきことをのみ、常に取りなしなさるこそ、ない名は立てないで」と、うち背きなさるのも、可愛らしく風情がある。
明けるも知らず大殿が籠もっていたのに、人々大勢お参りになるので、寝殿にお渡りになった。后の宮は、格別な御悩みでもなく、御回復なさったので、心地よげで、右の大殿の君たちなど、碁打ちや韻塞などしつつ、遊びなさる。夕方、宮がこちらにお渡りになると、女君は、御湯漬のほどだった。人々もめいめいうち休みなどして、御前には人もいない。小さい童のある者がして、
「折の悪い御湯漬のほどこそ、見苦しかろう。寂しくてや、眺めよう」と、申し上げなさると、「実に、いらっしゃらない隙々にこそ、例は済ませ。不思議に、日ごろも物憂がらせなさって、今日を過ぎれば、この月は日もない。九、十月は、どうしてかはといって、仕えさせたのを」と、大輔が気の毒がる。
若君もお休みになったので、そちらにあれこれあるほどに、宮はたたずみ歩きなさって、西の方に、例でない童の見えたのを、「今参ったか」などお思いになって、差し覗きなさる。中のほどである障子の、細目に開いたのから御覧になると、障子のあなたに、一尺ほど引き裂けて、屏風を立ててある。その端に、几帳を、簾に添えて立ててある。帷一重をうちかけて、紫苑色の、華やかなのに、女郎花の織物と見えるのが重なって、袖口を差し出している。屏風の一枚が畳まれているところから、「心にもなく見えるらしい。今参りの口惜しくないらしい」とお思いになって、この廂に通う障子を、ひどく密かにおし開けなさって、そっと歩み寄りなさるのも、人知らず。
こちらの廊の中の壺の前栽が、ひどく風情があって、色々に咲き乱れているのに、遣水のあたり、石の高いほどが、ひどく風情があるので、端近く添い臥して眺めているのだった。開いた障子を、今少しおし開けて、屏風の端から覗きなさると、宮とは思いもかけず、「例、こちらに来慣れた人だろうか」と思って、起き上がった様体が、ひどく風情があって見えるのに、例の御心は過ごしなさらないで、衣の裾を捉えなさって、こちらの障子は引き立てなさって、屏風の間にいらっしゃった。不思議と思って、扇を差し隠して、見返った様子が、ひどく風情がある。扇を持たせながら、捉えなさって、
「誰か。名乗りこそ、聞きたい」と仰るのに、むくつけくなった。そのような者の面に、顔を他ざまに持て隠して、ひどく甚く忍びなさると、「このただならずほのめかしなさるだろう大将か、香ばしい気配なども」思い渡されるのに、ひどく恥ずかしく、為す方ない。乳母は、人気の例でないのを、不思議と思って、あなたである屏風をおし開けて来た。
「これは、どのようなことにかございましょう。不思議な行いにもございます」など申し上げるけれど、憚りなさるべきことでもない。このように突然な御仕業だけれど、言葉の多い本性なので、何やかやと仰るのに、暮れ果てないけれど、「誰と聞かないほどは許すまい」といって、馴れ馴れしくお臥しになると、「宮だった」と思い果てるのに、乳母は、言う方なく呆れて座っていた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。