第50帖 東屋 / 第12場面
中の君の仲立ち
あらすじ・人物・読み方
薫は中の君に、浮舟の母へ心を伝えるよう頼む。母君は薫の移り香に感嘆し、少将を賢いと思ったことを悔いる。翌朝、薫は守の消息を口実に迫る。
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「それでは、その客人に、このような心の願いが年を経ているのを、突然になど、浅く思いなすまいよう、仰せさせ、知らせなさって、はしたないようでないようにこそ。ひどくういういしく、慣れていらっしゃる身は、何ごとも滑稽なまでに」と、語らい申し上げ置いてお出になったのに、この母君は、「ひどく素晴らしく、思うような様子かな」と喜んで、乳母が、ゆくりかに思い寄って、度々言ったことを、あるまじきことに言ったけれど、この御様子を見るには、「天の川を渡っても、このような彦星の光をこそ、待ちつけさせよう。わが娘は、並の人に見せるのは惜しい様子を、夷めいた人をのみ見慣れて、少将を賢いものと思った」を、悔しいまで思いなってしまった。
寄っていらっしゃった真木柱も茵も、名残匂える移り香は、言えばひどくことさらめいたほど、ありがたい。時々お見申し上げる人でさえ、度ごとに喜び申し上げる。「経などを読んで、功徳の優れたことがあるにも、香の香ばしいのを貴いことに、仏が仰せ置いたのも、道理だよ。薬王品などに、取り分けて仰った、牛頭栴檀とかや、仰々しい物の名だけれど、まずあの殿の近くで振る舞いなさると、仏は本当になさった、とこそ思われる。幼くいらっしゃった時より、行いも素晴らしくなさったからよ」など言う者もある。また、「前の世こそ、見たい御様子である」など、口々に珍しがることどもを、すずろに笑んで聞いていた。
君は、忍んで仰ったことを、ほのめかし仰る。「思い始めたこと、執念いまで、軽々しくなくていらっしゃるらしいのを、実に、ただ今の様子などを思えば、煩わしい心地がするだろうけれど、あの世を背いても、どう思い寄りなさるだろうも、同じことに思いなして、試みなさいよ」と仰ると、
「辛い目を見せず、人に侮られない心でこそ、鳥の音が聞こえない住まいまで思いなさり置いた。実に、人の御様子や気配をお見申し上げ思いなさるのは、下仕えのほどなどでも、このような人の御あたりに、馴れ申し上げるのは、甲斐がありそうだ。まして若い人は、心付け申し上げそうであるらしいけれど、数ならぬ身に、物思う種をますます、蒔かせて見よう。高いも短いも、女というものは、このような筋でこそ、この世、後の世まで、苦しい身になりそうです、と思いなさいますので、気の毒に思いなさいます。それもただ御心に。ともかくも、お思い捨てず、物なさりなさい」
と申し上げると、ひどく煩わしくなって、「いや。来し方の心深さにうちとけて、行く先の様子は、知り難いのを」とうち嘆いて、特に物も仰らなくなった。
明けると、車などを連れて来て、守の消息など、ひどく、腹立たしげに脅かしたので、「畏れ多く、万事に頼み申し上げさせて。やはり、しばしお隠しさせなさって、巌の中にとも、どうとも、思いなさり巡らししますほど、数ではございませんでも、お思い放たず、何ごとをもお教えさせなさい」など申し上げ置いて、この御方も、ひどく心細く、慣れない心地に、立ち離れようと思うけれど、今めかしく風情があって見えるあたりに、しばしも見馴れ申し上げようと思えば、さすがに嬉しくも思われた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第50冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。