ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第51帖 浮舟 / 第10場面

薫、宇治へ

あらすじ・人物・読み方

薫が宇治を訪れ、浮舟は匂宮の件の後ろめたさに沈む。薫は宇治橋に寄せた歌を贈り、浮舟は危うい橋の歌で返す。

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あちらでは、石山も止まって、たいそうつれづれである。お手紙には、たいそう大変なことを書き集めなさって遣わす。それさえ心安らかでなく、「時方」と召した大夫の従者が、心も知らないで遣わしたのだった。

「右近が古くから知っていた人が、殿のお供で尋ね出したのが、反って親しくなる」と、友達には言い聞かせた。万事右近が、虚言をし慣れている。

月も経った。こうお思い知らされるが、おいでになることはたいそう無体だ。「このようにばかり物を思えば、まったく生き長らえるはずのない身のようだ」と、心細さを添えてお嘆きになる。

大将殿が、少しのどかになった頃、いつものように、忍んでおいでになった。寺で仏などを拝みなさる。お誦経させなさる僧に、物を賜ったりして、夕方、ここでは忍んでいるけれど、これは無体にもやつしなさらない。

烏帽子直衣の姿、たいそう理想的で清らかで、歩み入りなさる様子から、恥ずかしいほどに、用意が格別だ。女は、どうしてお会い申し上げようかと、空さえ恥ずかしく恐ろしいところに、強引だった人のお有様が、ふと思い出されるのに、また、この人にお会い申し上げるのを思いやるのが、

たいそう心苦しい。「『私は長年見る人をも、皆思い変わってしまう心地がする』とおっしゃったのを、なるほど、その後お気分が苦しいと言って、どこにもどこにも、いつものお有様でなくて、

お修法など騒ぐそうだと聞くと、また、どう聞いてお思いになるか」と思うのもたいそう苦しい。この人はまた、たいそう気配が格別で、心深く、艶やかな様子をして、久しかったほどの怠りなどをおっしゃるのも、言葉多くはなく、恋しい愛しいと騒ぎ立てないけれど、常に会い見ない恋の苦しさを、

様子のよいほどに少しおっしゃるのが、大変に言うよりも優れて、たいそうあわれと人が思うはずの様子を示しなさる人柄だ。艶のある方面はそういうものとして、行く末長く人が頼みにするはずの心構えなど、格別に優れていらっしゃる。

「思いがけない様子の心構えなど、漏れ聞き申し上げる時も、並々でなく大変であるでしょう。不思議に正気もなくお思い焦がれる人を、あわれと思うのも、それはたいそうあるまじく軽いことです。

この人に憂しと思われて、お忘れになるだろう」心細さは、たいそう深く染みたので、思い乱れた様子を、「月頃に、格別に物の心を知り、年長になりましたね。

つれづれな住まいのほどに、思い残すことはないでしょう」とご覧になるのも、心苦しいので、いつもよりも心を留めて語らいなさる。「造らせている所が、だんだんよくなってきた。一日、見たところ、ここよりは気の近い水で、花もご覧になるでしょう。三条の宮も近いほどです。

明け暮れ気がかりな隔ても、自然とあるはずのないのを、この春のうちに、ふさわしくお渡ししましょう」と思っておっしゃるのも、「あの人が、のどかであるはずの所を思い設けたと、昨日もおっしゃっていたのに、こんなことも知らずに、そうお思いになるよ」と、あわれながらも、

「そちらに靡くべきではない」と思うからに、かつてのお様子が、面影に思われるので、「自分ながらも、何と心苦しい身だろう」と、思い続けて泣いた。

「お心構えが、こんなでなくおっとりしていたのが、のどかに嬉しかった。人がどう申し上げ知らせたことがあるのだろうか。少しでも並々でない心ざしでは、ここまで参り来るはずの身のほど、道の有様でもないのを」

などと、一日頃の夕月夜に、少し端近く臥して眺め出しなさった。男は、過ぎ去った方のあわれをもお思い出し、女は、今から添った身の憂さを嘆き加えて、互いに物思いがちだ。

山の方は霞が隔てて、寒い洲崎に立っている鵲の姿も、所柄はたいそう趣深く見えるところに、宇治橋が遥かに見渡されるのに、柴積み舟が所々に行き違っているなど、

他の所で目慣れないことどものみ取り集めた所なので、ご覧になるたびごとに、やはりその昔のことが今の心地がして、たいそうこうでない人を見交わしただけでも、

珍しい仲のあわれが多いはずのほどである。まして、恋しい人によそえられたのも格別でなく、だんだん物の心を知り、都慣れゆく様子の趣も、格別に見優りした心地がなさるのに、女は、かき集めた心のうちに、

催される涙が、ともすれば出て立つのを、慰めかねなさりながら、宇治橋の長い契りは朽ちることはありません。危ぶむ方へ心を騒がせないでください。今ご覧になるでしょう」とおっしゃる。

絶え間ばかりで世にも危うい宇治橋を、朽ちないものとしてなお頼れとおっしゃるのですか。前々よりもたいそう見捨てがたく、しばらくも立ち止まりたくお思いになるけれど、人の物言いの安くないのに、「今さらだ。

心安い様子でこそ」などとお思いなして、暁にお帰りになった。「たいそうよく大人びていたな」と、心苦しくお思い出すことは、前よりも増していた。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第51冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。