第51帖 浮舟 / 第13場面
因幡守の荘にて
あらすじ・人物・読み方
二人は時方の伯父・因幡守の荘に身を寄せ、雪景色の中でしたため合う手習の歌に互いの心を映す。
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あの岸に差し着いてお降りになると、人に抱かせなさるのは、たいそう心苦しいので、お抱きになって、助けられながら入りなさるのを、たいそう見苦しく、「何人を、
こんなに持て騒ぎなさるのだろう」と拝見する。時方の叔父の因幡守であるのが領有する荘に、儚く造った家だった。まだたいそう粗い造りで、網代屏風など、お目にも入らない設えで、風も特に障らず、垣の元に雪が斑に消えながら、今も曇って降る。
日が差し出て、軒の垂氷の光り合っているのに、人のお容貌も優る心地がする。宮も、所狭い道のほどに、身軽であるはずほどのお衣どもである。
女も、脱ぎ滑らせなさったので、細やかな姿つきが、たいそう趣深い。引き繕うこともなく打ち解けた様子を、「たいそう恥ずかしく、まばゆいほど清らかな人に差し向かっているな」と思うけれど、紛れる手立てもない。
懐かしいほどの白いのを五つばかり、袖口、裾の辺りまで艶やかに、色々に大勢重ねたのよりも、趣深く着こなしている。いつもご覧になる人でも、ここまで打ち解けた姿などは見慣れなさらないのを、こんなことまでが、やはり珍しく趣深く思われなさる。
侍従も、たいそう見苦しくない若い人だった。「これさえ、こんなに残りなく見るな」と、女君は、大変だと思う。宮も、「これはまた誰か。私の名を漏らすなよ」
と口止めなさるのを、「たいそう素晴らしい」と思い申し上げた。ここの宿守として住んでいた者が、時方を主と思って大切にしていたので、このおいでになる遣戸を隔てて、得意顔に座っていた。
声を引き静め、畏まって物語しているのを、返事もできず、面白いと思った。「たいそう恐ろしく占った物忌によって、京のうちをも去って慎んでいる。他の人を、寄せるな」
と言っていた。人目も絶えて、心安く語らい暮らしなさる。「あの人がおいでになった時に、こうして見えたのだろう」と、お思いやって、大変にお恨みになる。
二の宮をたいそう大切に、持ち申し上げていらっしゃる有様なども語りなさる。あの耳に留めなさった一言は、おっしゃり出さないのが憎いなあ。
時方が、お手水、お果物などを、取り次いで参るのをご覧になって、「大変に大切にされているらしい客人の主、そう見えるなよ」と戒めなさる。侍従は、色めいた若い人の心地に、たいそう面白いと思って、この大夫と物語して暮らしていた。
雪の降り積もっているのに、あの私の住む方を見やりなさると、霞の絶え絶えに梢だけが見える。山は鏡を掛けたように、きらきらと夕日に輝いているのに、昨夜、分けて来た道の無体なことなど、あわれを多く添えて語りなさる。
峰の雪や汀の氷を踏み分けて来ましたが、道には迷いません。迷うのはあなたのことでだけです。木幡の里に馬はあれど」などと、不思議な硯を召し出して、手習いなさる。
降り乱れて汀に凍る雪よりも、中空で私は消えてしまいそうです。と書き消したり。この「中空」を咎めなさる。「なるほど、憎くも書いたものだな」と、恥ずかしくて引き破った。
そうでなくても見る甲斐のあるお有様を、ますますあわれに大変だと、人の心に染み込ませようと、尽くしなさる言葉、気配、言いようがない。
お物忌、二日と図りなさったので、心のどかなままに、互いにあわれとばかり、深くお思い増す。右近は、万事にいつものように、言い紛らわせて、お衣などを差し上げていた。
今日は、乱れた髪を少し削らせて、濃い衣に紅梅の織物など、似合いが面白く着替えておいでになった。侍従も、不思議な褶を着ていたのを、鮮やかになったので、その裳をお取りになって、君にお着せになって、お手水を差し上げなさる。
「姫宮にこれを差し上げたら、大変なものになさるだろうな。たいそう高貴な身分の人が多いけれど、これほどの様子なのは難しいか」
とご覧になる。欠けるまで遊び戯れながら暮らしなさる。忍んで連れて隠そうということを、繰り返しおっしゃる。「そのほど、あの人に見えたら」と、大変なことどもを誓わせなさるので、「たいそう無体なこと」と思って、返事もせず、涙まで落ちる様子は、
「まったく目の前にさえ思い移らないようだ」と胸が痛く思われなさる。恨んでも泣いても、万事おっしゃり明かして、夜深く連れてお帰りになる。いつものように、お抱きになる。
「大変にお思いになるらしい人は、こうは、まさかないでしょう。お見知りになりましたか」とおっしゃると、なるほど、と思って、頷いているのが、たいそう可愛らしい。右近が、妻戸を開けて入れ申し上げる。
そのまま、これより別れてお出になるのも、飽きず大変だとお思いになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第51冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。